第24回江東年金者組合総会 開く 目立つ高齢者

 5月25日、江東区の年金者組合の第24回総会が西大島の「総合区民センターで開かれた。約40人が集い、今年度の方針が決定された。事情があって久しく参加できなかったが、高齢者が多いのが目だった。写真は冒頭あいさつする岡田勲支部長。 【追記】年金者組合といえば世間では高齢者の集団と見られがちだが、毎月年金を納付している人々も対象者。従って広範囲の人々の入会が求められる。会運営のために若者の確保が急務だ。

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「私の一枚」 この桜、いつまでも

 4月に入って机上にあふれんばかりの諸資料を整理しようと思い、見い出したのがこの一枚。2006年5月の「江東・年金」(江東・年金者組合の機関紙)に投稿した桜の写真である。あれから13年、同じ場所で撮影してみた。そえられている文言の弾んでいるのに少し羞恥・・・。 ▼2019年4月5日撮影  家から歩いてわずかなところ。大横川の岸辺につづく遊歩道に毎年咲きほこる桜花。  1945(昭和20)年3月10日の東京大空襲。紅蓮(ぐれん)の炎に家を焼かれ、逃げ惑った人々。この川は水面が見えないほどの遺体で埋め尽くされた。  あれから61年、そんな凄惨な光景が繰り広げられていたとは思えない満開の桜を目の前にして今、痛恨の念と更なる思いが「いつまでも咲かせつづけよ、この桜」と。 ■2006年3月29日撮影

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『私の年賀状』をお寄せ下さい

 「ねんきん江東」新年号(2019年1月号))は、「私の年賀状」特集です。高齢期を豊かに生きる抱負、新年に当たっての1年の計など、ふるってお寄せ下さい・・・。年金者組合からの要請に応えて投稿したのが以下の二つ。 ●東京新聞の「発言欄」に掲載され、謝礼として「図書券」が贈られてきた。よくよく見ると、有効期限は2013年12月31日。私は1932年生まれだから、もし最終年に「本」を購入すると100歳になる。「ウーン」とうなっていたら、息子が「100まで頑張れと言うことだよ!」と。今年の干支は「亥」。だったたら猛進とはいかないが、前へ、前へと進んでみよう。 ●戦後74年。平和憲法「改悪」が現実的な日程となり加速している。いまほど戦争を知らない世代に、あの悲しくも忌わしい時代の出来事を、語り継がねばならない時はない。「死んでいったものは黙して語らざるが故に、生き残った者は何をなすべきか」(「きけわだつみお声」)と、今一度声を大にして叫びたい。(永井至正)

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ちんどんマン先頭に浅草デモ 「ねんきん・江東」

 今年も残すところ1週間。江東区の各民主団体の機関紙12月号が出揃いました。昨日頂いた「ねんきん・江東」の紙面から記事を一つ紹介しましょう。見出しは「ちんどんマン先頭に浅草デモ」。カラー写真が添えられています。  11月18日、浅草花川戸公園から馬道通り~言問い通り~国際通り=雷門通りと浅草浅草寺をぐるっと囲んで行進する「2018世直し雷大行進」が賑やかに行われました。  この大行進は、東京東部地域の業者と労働者、市民団体、農民団体が3つの最低保障「全国一律最低賃金制の法制化」「最低保障年金制度の新設」「課税最低限の大幅引き揚げ」を求めて毎年行われているものです。  二組のちんどんマンが行進の先頭に立ち賑やかに行進すると沿道の人は振り返り、商店や家々からは何事かと物見のひとたちが顔を出します。  今回は、来年10がつからの消費税10%への増税を控え、商店や業者の方たちの怒りのコールが響きました。浅草・浅草寺という有数の観光地だけあって、国内外の観光客がスマホやカメラを向けてきます。欧米の観光客はフレンドリーで、手を振ると(訴えの内容は分からないまま)手を振り返してくれるので楽しく行進することができました。(松淵秀美)

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「年金者一揆」で怒り 年金者組合

 全日本年金者組合は19日、「年金フェスタ。一揆2018」を東京・日比谷野外音楽堂で行いました。全労連が共催。集会後、参加者は、銀座までパレードしました。(しんぶん「赤旗」20日付)

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年金者組合江東支部が「西友」前で宣伝

 「年金の削減に反対し、支給を隔月から毎月にするように!」求めて、年金者組合江東支部が9月12日昼前、江東区東陽の「西友」前で署名運動を行いました。買い物帰りの多くの人が立ち止まり署名に応じていました。

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平和への思いを新たに! 「歩こう会」

 年金者組合江東支部の役員だったとき、そろそろ年も相当になったから、健康保持のため「歩こう会」というサークルを立ち上げた。奥多摩、鎌倉に続いて3回目の企画がこのチラシ。「平和へ思いを新たに!」と見出しに靖国神社に行こう、というものだった。

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「私と憲法」 先生の教わった不戦の心

 年金者組合江東支部の機関紙「ねんきん江東」・4月号(NO.279)を頂いた。その2ページには、「私と憲法」の特集。その中から江東区大島4丁目在住の新野高子さんが投稿した思いを以下掲載しましょう。  ♪「丘は今も柴山で・・・」で始まる、いぬふぐりの歌を中学校のコーラス部で音楽の先生に教えてもらいました。若い娘さんの大好きな人が戦争に行ってしまう。その人は心配いらないと何度も娘さんに言ったけれど、戦争で命を落としてしまった、という内容の歌です。  その歌には、戦争で尊い命が失われていく悲しみが込められているのだと、時代背景や娘さんの気持ちを、先生は丁寧に教えてくれました。  私は、その先生から歌を通じて社会の矛盾や平和について教えて頂いたような気あします。そして、これから先、決して戦争は起こらないと信じるようになりました。  学校で憲法を学び、人は平等だとも教えられてきました。しかし、大人になって様々な場面で不条理を感じる、特に最近の国会での国民を小馬鹿にしたような運営を見ていると、この国の先はどうなってしまうのだろうと背筋が寒くなってしまいます。   総掛かりで憲法九条を守り続け、若い人たちに残したいと思います。

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「ふくわらい」 4月号 ①

 「NPO法人 高齢者が住みよいまちづくりの会」の会報、2018年4月号(NO.110)が発行された。以下はその一面。トップは佐々木治代さん(東砂在住)の投稿・「過少支給! あなたの年金は大丈夫!」が載せられ、コラム「孫の手」が続く。 【孫の手】   1941年、これまでの小学校は国民学校に変わり、教科書は兄たちが使っていたものとは異なり、全面的に戦争推進のものになった。その年の12月8日、太平洋戦争が始まり、生徒は「日の丸」の小旗を持って万歳!と行列した。朝礼、入学式などは宮城の方向に最敬礼。教育勅語、国語・修身は暗唱さ有為新せられた。教職員にも強制的にこうした教育に従わせ「天皇のため命を捧げる」ことが教育の要となった▼広島。長崎の原爆投下、沖縄戦など国民の大きな犠牲の上に、1945年終戦を迎えた▼これまで使っていた教科書は黒塗り意味不明だが、教師の暴力はなくなった。中学になると分厚い「民主主義」「憲法の話し」が社会科で使われ、、むさぼるように学んだ。学校運営も運動会・学芸会など生徒会の自主的な運営が行われ、輝く青春だった。終戦でも変わらないのは空腹生活だった。 ▼安倍首相夫妻の関与で、国有地が10分の1の価格で払い下げられた森友学園。今、野党が結束して真相解明に奮闘している。この学校の系列・塚本幼稚園では教育勅語を柱に右翼的教育、安保法制など日本の軍国主義化を推進、改憲推楽章進署名まで取り組んでいるという▼今年度から道徳が教科に導入され、元文部科学省事務次官の前川氏の講演に国が関…

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「グラフ・江東年金」 NO.13

 2005年2月13日 インターネットでみつけた 春の花みつけた 平和を願う歌みつけた 「くにさんと一緒にのぼった」  「グラフ・江東年金」 は、今回(13号)で終わりです。ありがとうございました。

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「グラフ・江東年金」 NO.2

 2004年3月30日 2号 信州路の旅、総勢23人で「和気あいあい」でした。信州の空はぬけるように青かった。空の形容は、青がいい。「藍より青く・・・」「紺碧の空・・・」「青い空は 青いままで・・・」

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「グラフ・江東年金」 NO.1

 2004年3月から~2004年2月まで発刊した「グラフ・江東」(年金江東編集部編)を順次掲載します。文字通り写真による特集版です。今回はその第1号。

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