公主嶺小同窓会誌 第5章 エピソード -9-
大正14年僕が5年生の終わりに、満洲日日新聞主催で高塚社長が団長となり、第7回母国見学団があり、丸福旅館の浜本義一君と一緒に参加した。この見学団は毎年2,3人の死者が出るので、これが最終回となった。(記念誌179頁上段)
母国見学団で内地へ
湯本常雄(18回生)
各地の小学校から2名ずつと付き添いの先生を加え一行は100人くらい、奉天に集合、京城、下関、宮島、岡山、大阪、奈良、伊勢神宮、二見ケ浦、名古屋、東京、京都、神戸、大連と名所旧跡を見学、京城、岡山、東京では小学校を訪問しての三週間の旅であった。
満洲の奥地で育った児童は海を見るのが初めてで、船に乗ってびっくり、人力車を引いている小父さん、ヨイトマケの小母さんら労働に従事しているのがみんな日本人であることを知り、またびっくり。宮島では鳥居のところで海の水が塩辛いかをたしかめ、宮城のなかを特別見学させていただき、桜の花を京都で見た。
大連の港で船に乗り込んで来た中国人の顔を見、声を聞いて、ああ、やれやれかえって来たのだとホッとしたことは今でも忘れられない。
【注】小学校2年生のとき、母の病気療養のため3ヵ月間内地に帰国したことがある。その際、驚いたことが三つあった。それは、①冬なのに雨が降ること、②汽車が屋根の上を走ってること、③豚が白いこと、だった。





























