「牛山れい子さん」 関連ブログ 一覧

 全国空襲被害者連絡会の役員として長年務められた牛山れい子さん。亡くなられたのは17年2月8日だった。以来「会」の中心部に穴が開いたような状態の回復は、容易ならず今日に至っている。本ブログでは彼女の功績を追ってこれまで157回に渡ってサイトにアップしてきた。以下はその足跡である。        <ブログランキング・ベスト12> ①314 「合唱団この灯」 20周年 演奏会① ②211 佐藤真子さん 信州で歌う ③184 愛と平和と感動の旅 ④169 平和な日本の明日へ 空襲連結成4年 ⑤153 魯迅「もともと地上に道はない」 ⑥132 心でつなぐ 陸前高田の絆 ⑦129 牛山れい子さん ブログ一覧 ⑧128 「合唱団この灯」 2016年演奏会 ⑨124 佐藤真子さん 過ぎ行く2011年を歌う ⑩123 西田美代子さん 歌って語る ⑪121 「この人と1時間」 牛山れい子さん ⑫120 Masako Sato's singing in 【注】アクセス総数は6988です。   https://38300902.at.webry.info/theme/bebe3cadb2.html

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今日、三回忌を迎える 牛山れい子さん

 かけがえのない女性(ひと)、牛山れい子さんが亡くなって今日は三回忌(2017年2月3日歿))を迎えます。以下はその5ヶ月前、私に寄せられた親書です。「雨ニモ負ケズ!輝イテ」と添え書きされた絵手紙に”決別の意”が淡々と述べられていて感無量です。  近況お伺い申し上げます。  猛暑や台風など自然環境に翻弄されている今日この頃、皆様には、いかがお過ごしでしょうか。  この夏、「このままなら6ヶ月位?」と生命(いのち)の期限を告げられました。××××です。7月29日に東大病院で病巣を取り除く手術をし、今は、自宅療養しています。再発を許さないために「免疫力」を高める食事や温熱療法に力を尽くしております。  ”いのち”を実感しています。          2016・9・12 牛山鈴子   そして、年が明けて2017年1月、「寒中お見舞い申し上げます」の便りが・・・      寒中お見舞い申し上げます    みなさまにはお健やかに新年をお迎えのことと  お喜び申し上げます  昨年は思いがけない「癌」の発覚 手術 年末  の緊急入院と大わらわでした  今年は新年早々新しい家族に恵まれました。  人生最高のご褒美です 宝です 大任を果し  た思いです  あとは自然体で命を満喫したいと思います  みなさまのご健勝と平和な日常を祈念いたします     2017年正月

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全国空襲連事務局長 牛山鈴子さん逝く

 全国空襲連と東京大空襲訴訟原告団の事務局長を務めた牛山鈴子さんが2月3日(2017年)にガンで亡くなりました。74歳でした。大空襲訴訟原告団の副団長を務めた清岡美知子さん(93歳)の逝去に続く悲しい出来事でした。通夜は2月10日。東京都荒川区内の斎場で行われ、関係者が参列しました。  「見届けられず心苦しい」                牛山れい子     歌が好きだった牛山さんを偲んで「合唱団この灯」の仲間たちが霊前を囲んである歌を披露しました。合唱したのは「花をおくろう」。荒木栄(1925~1962)が作曲した歌でした。荒木といえば、代表作「がんばろう」の作曲で知られ、労働者と平和ののための、労働者と平和のために闘った人。牛山さんの野辺送りにはふさわしい演出でした。  牛山さんはご自身について多くを語らない方でしたが、その生きてきた道を振り返ろうと思います。ご自身は空襲被害者でもその遺族でもありませんでしたが、戦争の理不尽さに対する怒りを心に秘めていました。敗戦を2歳で迎え、父の死の真相を知ったのは中学生の時、父は戦時下、東京帝大(現東大)を繰り上げ卒業、軍需品を輸送する輜重部隊に少尉として配属されましたが、部下が軍馬を誤って死なせ、その責任を取らされ自害しました。「天皇陛下の馬」が兵卒の命より優先される時代、牛山さんが戦争を憎む原点でした。東京大空襲訴訟原告団の母体となった東京大空襲犠牲者遺族会の事務局長を務めたのもそんな事情からでした。  全国空襲連の…

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牛山れい子さん逝く さびしいです

 牛山れい子さんが亡くなりました。無念です、悲しいです、さびしいです。そして人の世の無常さが迫ってきます。僕が投稿したブログ(健康診査)についてのメール(2017年1月16日 22時37分)が来ていました。 検査結果、よかったですね 名実ともにおめでとうございます 何気なく小さな庭に咲く寒椿をみていて 希望と願いを込めて   歌を愛し、平和を望むあなたの無限の思い、そのバトンをしっかり受け継ぎますよ。僕もそんなに遠くなく、そちらに行きます。そしたらまた「来し方、行く末」を今度はじつくり話合いましょう。そしてデュエットで「沈丁花の花といもうと」(永井和子詞 岡田京子曲)をうたいましょうね。 【追記】1月20日消印 牛山れい子さんから。娘さんが結婚された。

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行けなかった 「クリスマスコンサート」 残念!

 この2日、亀戸のホールで開かれた「クリスマスパーティコンサート」。急用あって行くこと出来ず残念に思っていたところ招待者の牛山鈴子さんからメールで、当日の模様が写真が添えられ送られてきました。  添え書きにはこう書かれていました。  「2日のコンサート 楽しみました   5ヵ月ぶりの歌でした  命を実感しました」  闘病中での心情の吐露、でも、歌によせる心の思いがあふれ、ひたひたと伝わってくるようです。案内チラシにあった曲目の「聖夜」、「アベマリアシリーズ」、「マイウエイ」などが静かに、そして、しみいるように、参加者の胸にサウンドしたことでしょう。次回があれば、必ず参加しなければと思うばかりです。 【案内チラシ】

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「クリスマス・コンサート」 岡崎麻奈未さんうたう

 牛山れい子さんから「クリスマス・パーティーコンサート」のお知らせ(チラシ)をいただきました。ゲストとして、あの岡崎麻奈未さん(コロラトゥーラソプラノ歌手)が来られるようです。曲目は、聖夜、アベマリアシリーズ、希望、マイウエイ、他、とあります。 ◆日 時:12月2日(金)PM:2時 ◆場 所:カメリア2F 研修室 ◆ゲスト:岡崎麻奈未さん ピアノ伴奏 岩崎結さん ◆会 費:2000円(軽食付き)     時は金曜日の昼、場所は近くの亀戸ですから、体調を整えて、久しぶりに外に出てみたくなりました! そして清々しい声に触れられるかも、と思うと何ともわくわく・・・。それにしても闘病中の牛山さん。出演されるというからそれも確かめなければー

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「合唱団この灯」 16年演奏会のDVD

「合唱団この灯」 2016年演奏会のDVDが合唱団の牛山れい子さんから頂いた。全篇120分の華麗で人々に染み入る演奏会になっている。なかでも初めて合唱曲になった「沈丁花の花といもうと」に釘づけ、二度三度繰り返し聞き入った。    牛山れい子様  DVDありがとうございました。  すぐ見ました。聞きました。永井和子に聞かせられないこと残念です。昨8日は彼女の命日でした。遺影の前で寄せられた「沈丁花の花といもうと」を流し、飾りました。  そして、あなたの書いた「生命を生きる」は堀 喜美代さんの独唱とあいまって、怒りを抑えられない、繰り返してはならない壮大な鎮魂歌になっています。  忌わしいあの戦争を語りで、書き綴って、そして歌って次世代に繋げていくことの大切さがひしひしと迫ってきました。     2016年7月9日    永井至正

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「合唱団この灯」・2016年演奏会

さる3月、2016年5月8日(日)に開かれる「合唱団この灯」の演奏会のお知らせを、同合唱団の副団長、牛山鈴子さんからいただいておりました。     ご案内とお力添えのお願い  昨年の9月、安倍政権が国民多数の声を踏みにじり安保法制=戦争法を強行採決しました。再び戦争への道を歩き始め「戦争する国」づくりに踏み込んだことをキッカケに、国民の安倍政権への怒りは日に日に高まっています。  結成以来25年、歌を通して”命の尊さと平和の大切さ”を訴え続けてきた合唱団として、、”怒りの行動”に立ち上がっている多くのみなさんとコンサートを成功させることで”怒り”を共有し、連帯したいと思います。  今年は、7月に参議院選挙が行われます。衆参同時選挙も? などの超えも聞こえます。  連日お忙しくご活躍のことと存じますが、「忙中閑あり」と申します。  ぜひお出かけいただき、楽しいやすらぎのひと時をお過ごしいただければと思います。  会場でお待ち申し上げております。  牛山鈴子 【合唱団この灯】  http://38300902.at.webry.info/theme/11bef5510b.html

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沖縄戦 国の賠償認めず 那覇地裁判決

太平洋戦争末期で負傷したり、家族を亡くしたりした住民や遺族79人が国に謝罪と一人当たり千百万円の損害を求めた訴訟の判決で、那覇地裁(鈴木博裁判長)は16日、「戦時中、国の権力行使について賠償責任を認める法律はなかった」として請求はを棄却した。(東京新聞3月17日付)   「立法府に委ねられるべき」 沖縄地裁  沖縄戦の民間人の被害に対する国の賠償責任をめぐる司法判断は初めて。原告側は控訴する方針。  原告側は訴訟で「現行制度は軍人中心の補償で、民間被害者の大半を補償しておらず、法の下の平等に反する」と主張したが、鈴木裁判長は「戦争被害者は多数に上り、どのような補償をするかは立法府に委ねられるべきだ。軍の指揮命令下で被害を受けた軍人らへの補償は不合理ではない」と退けた。       沖縄戦の実態に向き合ってない     瑞慶山(ずけやま)茂弁護団長は判決後の記者会見で「裁判所は沖縄戦の被害実態や特殊性と向き合っていない」と批判した。  国は戦後、軍人・軍属らに年金などを支給。軍に食糧を提供するなどして戦闘に参加者と認定された民間人も補償対象とした。原告はいずれも、認定に必要な第三者の証言などを得られず、補償を受けていない。  原告団は2012年、国や旧日本軍が住民の被害への補償もなく放置したのは違法として提訴。原告のうち37人は昨年、沖縄戦に起因する心的外傷後ストレス障害(PTSD)などになったとする診断書も那覇地裁に提出していた。

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「合唱団この灯」 2016年演奏会

合唱団「この灯」の2016年度演奏会のプログラムが決まりました。テーマは「未来のために」。懐かしい歌、平和の歌がオンパレード。「合唱団」得意の創作曲も発表されるとか、期待しましょう。        未来のために と き:2016年5月8日(日)     午後1時30分開場 午後2時開演 ところ:銀座ブロッサム中央会館 ◆全席自由 2000円   障害者   1000円  学生無料  <お問い合わせ>03-3704-3972           <プログラム> ・夜明けだ ・埴生の宿 ・ふるさとの山影 ・時代おくれ ・瑠璃色の地球 ・花祭り・みんな一緒に ・風花 ・赤い風 ・大地賛歌 【ゲスト出演】 ラッキードラゴン~第五福竜丸の記憶~   <南葛西第二中学校吹奏楽部> ・高校生・大学生の詩によるオリジナル曲 ・沈丁香の花といもうと ・生命を生きる ・明日の空は ・墓標 ・HEIWAの鐘 ◆客演指揮:岩本達明  ◆指揮:長久保実子 盛田悦朗  ◆独唱:堀 喜美代 【リンク】 <「合唱団この灯」とは>  http://38300902.at.webry.info/201003/article_3.html <沈丁香の花といもうと>  http://38300902.at.webry.info/201504/article_23.html <生命を生きる>  http://38300902.at.webry.info/…

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3月8日 全国空襲連が院内集会

戦後71年、今年もまた悲惨を極めた東京大空襲の3月10日がやってきます。今年こそ、民間空襲被害者の悲願である「援護法制定」をーと「全国空襲連」では来る3月8日(火)、衆議院第二議員会館で院内集会を催すことになりました。以下はそのお知らせです。         <ぷろぐらむ> ◆合唱:「沈丁香の花といもうと」(当時、24歳だった東京本所区で空襲を受け父母と妹さんを失った橋本代志子さんの体験曲) ◆MXテレビ上映:「まだ終わっていない東京大空襲から70年・残されたもの」 ◆お話し:宍戸伴久さん「世界の「援護法」に詳しい・元国会図書館職員) ◆とりくみの現状報告 ◆国会議員からの発言  <主催>全国空襲被害者連絡協議会   〒131-0045 東京都墨田区押上1-33-4-10   TEL/FAX 03-5631-3922 【注】「沈丁香の花といもうと」       永井和子作詞  岡田京子作曲 1.沈丁香の花咲けば  おもいだす いもうとよ  熱い炎の雨にうたれて  姉ちゃん と呼んだあの世の声  沈丁香の花咲けば  おもいだす いもうとよ 2.沈丁香の花の香が  せつなくて いもうとよ  指を組み合わせ 祈る  やすらかにねむれと  沈丁香の花の香が  せつなくて いもうとよ 3.沈丁香りの花咲いて  三月は いもうとよ  生きること苦しくていつも  この橋にきてしまう  沈丁香の花白い  三月は いもうと…

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「合唱団この灯」 2016年演奏会

「合唱団この灯」の副団長、牛山れい子さんから年賀状をいただきました。新しい年を迎えてのご挨拶と5月に開かれる2016年度のコンサートのご案内です。プログラムの中に昨年亡くなった永井和子さん作詞になる「沈丁香の花と妹」が選曲されていることに注目しました。          ー未来のためにー      合唱団この灯 2016年演奏会 と き:2016年5月8日(日)午後2時開演          (午後1時半開場) ところ:銀座ブロッサム中央会館 ■全席自由 2000円 学生無料  お元気で新年をお迎えのことと存じます。戦後71年! 今年こそ空襲や戦争被害者を救済する法律を実現したいと思います。5月のコンサートの成功にむけて”特訓”をうけています。ぜひ、お出かけ下さい。本年もよろしくお願い申しあげます。 2016年正月 牛山れい子 ■曲 目 ・夜明けだ・埴生の宿・ふるさとの山陰・時代おくれ・瑠璃色の地球・みんな一緒に・花祭り・風花・赤い風・大地讃頌・ラッキードラゴン~第五福竜丸の記憶~沈丁花・生命を生きる・明日の空は・墓標・HEIWAの鐘  *当日変更になることがあります。 ■案内図 ・客演指揮:岩本達明 ・指揮:長久真実子 盛田悦郎 ・独唱:堀 喜美代 ・ピアノ:岩崎 結 ・ホルン:廣野未来 ・ヴァイオリン:早川愛美 <お問い合わせ>03-3704-3972(担当:武田)  【主催】 合唱団この灯

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東京大空襲被害者救済を 訴訟原告団が総会

東京大空襲の被害者と遺族が国に謝罪と賠償を求めた東京大空襲訴訟原告団は4日、東京都江東区で総会を開き、原告団を来年3月に発展的に解消し、引き続き被害者救済の法制定に全力をげる方針を採択しました。  開会あいさつした城森満副団長は、安倍晋三首相が6月に国会答弁で、空襲被害者の補償について「みんなで考えていく問題ではないか」とのべたことにふれ、「私たちのたたかいが新しいながれをつくり出している。これを大きなものとするために踏ん張りを」と呼びかけました。  採択された活動方針では、裁判は敗訴となったとはいえ、2013年の最高裁判所が国に被害の実態調査などを行う道義的義務があることや被害者の労苦を認定したことを確信に、被疑者救済の法制定を求める運動にいっそう力を注ぐことなどを掲げています。同訴訟団の黒岩哲彦弁護士が、国による大空襲で障害を負った被害者への給付金支給と、大空襲のあらゆる被害の実態調査の実施を柱とした「空襲等被害者に関わる問題に関する特別措置法」案の骨子を提案しました。  日本共産党の田村智子参院議員が来賓あいさつし「みなさんの納得いく法律をつくりましょう」と訴えました。(しんぶん「赤旗」-12月5日付)

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全国空襲連 「北の会」発足集会

民間空襲被害者を救済せよ!の”うねり”が東北地方からも動き出した、として来る12月5日、全国空襲被害者連絡協議会・「北の会」が福島で発足集会を催すようです。その案内チラシを頂きました。北があれば、きっと東、西。南と続くのでしょう。        「北の会」 発足集会 ■日時:12月5日(土) 13時~16時 ■場所:郡山市音楽・文化交流館       (福島県郡山市開成1-1-1) ●基調講演:早乙女勝元さん(作家)         空襲被害者の援護の実現目指して ■報告:北海道。岩手。青森。秋田、福島  東京の本部からは  牛山鈴子(事務局長)、児玉勇二(弁護士)さんが  出席します。    <主催>全国空襲被害者連絡協議会「北の会」実行委員会         TEL/FAX:03-5631-3922

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「戦後70年・戦争被害のすべて解決を」 ひとこと㊦

「全国空襲被害者連絡協議会」が戦後70年を期して開いた「大集会」(ふたたびこの国を 灯の海にさせないために!=2015年3月6日)の模様を詳述した小冊子。その中から「呼びかけ人・賛同人」の「会」に寄せる「ひとこと」を前回に引き続き掲載します。 ●呼びかけ人賛同のひとこと ◆実体験者は、いいトシにんってきました。ぐずぐずしてはいられません。大いに気張っていきましょう。 早乙女勝元(作家) ◆戦後70年の今年、日本社会の大きな岐路となる年、極めて意義のある取り組みです。 宇都宮健児(元日弁連会長) ◆被害とともに、加害の歴史も忘れられないように、反戦と平和の思想を深めましょう。 堀尾輝久(東京大学名誉教授) ◆私は日本中を歩いてきましたが、初めての町を訪ねると必ず「ここは空襲を受けましたか」と聞く。それがその土地の現在を知る重要な資料になっています。この習慣は今も変わりありません。 富山和子(立正大学名誉教授) ◆戦争被害者たちに誠実に対応させることによって、新たな戦争を止めることができます。戦争被害のすべての解決に、共に力を尽くしまよう。 朴 慶南(作家) ◆戦争の悲惨を作為的に忘れさせ、反戦平和を侮る者に、絶対負けない力を! 結集しよう。 林  郁(作家) ◆被災70年にして、今だに被災者が苦しんでいるとは、政治は何をくしているのか。本来、政治は国民の安全と幸福をのためにあるものだ。 端山好和(東京農業大学名誉教授) ◆3月10日東京大空襲の被災者として、あきらかにあ…

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「戦後70年・戦争被害のすべて解決を」 ひとこと㊤

「全国空襲被害者連絡協議会」が戦後70年を記念して開いた「大集会」(ふたたびこの国を 火の海にさせないために!=2015年3月6日)の模様を詳述した小冊子。その中から「呼びかけ人・賛同人」の会に寄せる「ひとこと」をここに掲載します。 ●呼びかけ人賛同ひとこと ◆差別のない空襲被害者等援護法の策定を望みます。 大澤 豊(映画監督) ◆昨今の政治状況は、日本を日本人を不安に導くと思えてなりません。せっかく築いてきた平和を、さらに深化させ、世界に広げていく努力をしたいものです。 大石芳野(フオトジャーナリスト) ◆国家に殺された空襲という結末は、二度と在って欲しくない。 小林亜星(作曲家) ◆1945年8月15日未明、わが町熊谷市は空襲を受けました。死なずともよい市民が大勢殺されました。すでに降伏声明を出していたにもかかわらず、余った焼夷弾を無駄にしないための最後の空爆だったそうです。その無念はいまでも私のトラウマとなっています。 森村誠一(作家) ◆過去があるから現在が、未来がある。過去を反省し、清算できない国に明るい未来があるでしょうか?松元ヒロ(コメディアン) ◆平和国家・都市の市民を守るために、理念と実行の両面のバランスを!小中陽太郎(作家) ◆戦争も知らず、歴史からも学ばず、未来への想像力も欠けた政治屋が「この道はいつか来た道」の合唱をはじめています。許せません。鈴木瑞穂(俳優) ◆空襲被害者に補償もできないような国が、集団的自衛権行使容認で新たに海外の戦…

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12月8日 国会行動へ 空襲被害者

節目の戦後70年も残すところ1カ月余。今年こそ民間空襲被害者の悲願である援護法制定をーと全国空襲連は活動し、立法化に向けて超党派の国会議員連盟も際発足しました。(全国空襲被害者連絡協議会ー2015年11月11日)               空襲被害者による         「12・8国会行動」の呼びかけ  「100歳までには援護法を」と訴えてきた全国空襲連顧問の杉山千佐子さん=名古屋市在住=はこの9月で100歳になりました。誕生日の翌日、自宅で転んで腰を痛め、40日余りの入院の末、10月に養護老人施設に入りました。       杉山さんが全国戦災障害者連絡会をつくり、民間被害者の救済を国に求めて43年。その間、毎週のように政府、国会に足を運び、「私たちも国民。軍人らと差別をしないでください」と訴え続けました。援護法案は1973年以来17年間にわたって14回提出されましたが、すべて廃案になりました。いま両眼とも見えず、耳も聞こえなくなった杉山さんは、施設のベッドで、「もうこの国は信用できない」と嘆きながら、孤独な日々を送っています。   その杉山さんの最後の望みは、空襲被害者自身が国会に直接行動して「国は責任を取れ」と訴え、謝罪と人権の回復を求めることです。それはすべての被害者の願いであり、心からの叫びだと思います。そして恐らく、杉山さんも参加し、被害者がまとまった声を上げられる最後の機会ともなりましょう。  74年前の1941年12月8日は、日本が米英両国に宣戦…

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「この人と1時間」 牛山鈴子さん

安倍晋三首相は、新安保体制は「国民の生命と幸せな暮らしを守るために必要」という。だが、先の大戦では多くの民間人も犠牲になったのに、国は元軍人らと差別し、救済しない。その民間人の人権を取り戻そうと、全国空襲被害者連絡協議会(事務局・東京都墨田区)が生まれて五年。「戦後70年の今こそ民間被害者の援護法を」と事務局次長の牛山鈴子さん(72)は訴える。(東京新聞「暮らすめいと」2015年9月号) ▼牛山鈴子さん 「運動は進んでいますか。民間被害者援護法の実現の見通しは?」    広がりつつあります。空襲連には大阪、名古屋などの空襲、原爆、沖縄戦の被害者はじめ全国の約60団体が参加、援護法制定を求める署名は30万人に近づいています。援護法制定を求める決議をする地方議会も増えています。  活動を中断していた超党派の国会議員による「空襲被害者等援護法(仮称)を実現する議員連盟」も活動を再開します。  戦後70年です。もう時間がありません。多くの議員の賛同を得て、何とか今年中に法制定の道筋をつけたいと思っています。「それにしてもこんなに長い間、民間の戦争被害者が救済されずに放置されているとは」  人間の尊重や法の下の平等をうたう憲法の理念が政府にも国民にも根付いていないからです。安倍内閣の一連の憲法改定の動きもそうですね。私も今の運動に関わるまで知りませんでしたが、民間被害者救済の運動は名古屋の杉山千佐子さんによって1972(昭和47)年に始まっていたのです。  援護法案も支援の議員から14…

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全戦争被害救え 空襲被害者らが集会

空襲など民間人被害者への救済を求める人たちは14日、東京都内で集会「時代は動いている -戦争被害のすべて解決のときだ!-」を開き、約250人がさんかしました。主催は被害者と弁護士らでつくる「戦後70年・戦争被害のすべて解決を!」実行委員会(しんぶん「赤旗」8・16付)  中山武敏実行委員長(弁護士)は「一日も早い立法化による救済を求めて、広範な世論形成をしていきたい」と決意を語りました。  「戦争を始めた政府の責任や被害者を放置してきた不作為は明らかだ」と指摘した小林節慶応大学名誉教授は安倍首相が同日発表した「戦後70年談話」についても言及。「『積極的平和主義』で貢献していきたいと言っていたが、言い換えれば軍国主義です。価値観を共有する外国とともに、敵をせん滅して『平和』にするという、永遠に『恨み』が続くものだ」と厳しく批判しました。  大前治弁護士が、空襲被害を拡大させた一因の「防空法」について講演。署名や語り部活動への取り組み、被害解決のために力を尽くすーとの集会アピールを採択しました。

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「沖縄」と「東京大空襲」を詩って50年 永井和子逝く

「沖縄」に、「東京大空襲」に心を砕いて、怒りを燃やし、歌った50年。大阪に生まれ、東京・江東区で過ごし、晩年は北海道・札幌に生きた詩人の永井和子さんが、この7月8日逝った。享年81歳。10日に札幌で行われた「お別れの会」に寄せられた痛恨の弔意、弔電を目にしました。想いは遥かに・・・。 ■弔電 岡田京子さん   永井和子様、五月三十日久しぶりに懐かしいあなたに会ったばかりでした。こんなに早く別れなくてはならないとは言葉もありません。その後、千歳や長沼であなたの「夕張の花とうた」をみんなでうたいましたよ。その様子を知らせたくて何度も電話していたのでした。あなたと作ったたくさんの歌を私も残された時間の中でみんなに届けていきます。ご冥福をいのります。 【夕張の花とうた】1981年11がつ夕張炭鉱で発生、死者93名を出した大災害について歌った。岡田京子が曲をつけた。 ■弔意 牛山れい子   今日、合唱団のレッスンで和子さんの訃報をしりました。知らなくてすみません。遅ればせですが、お悔やみ申し上げます。「沈丁香の花と妹」など堀喜美代先生との関係で歌わせていただきまいたよね。合唱団と私の財産になっています。体調が悪いというメールは何回かいただきましたが、こんな訃報に接するとは思いませんでした。悲しいです。 【沈丁香の花と妹】1945年3月の東京大空襲をテーマに作られた歌。永井和子、岡田京子コラボによる秀作、広く歌われている。 【テーマ・永井和子】  http://383009…

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全国の空襲被害者らが大集会 東京。浅草

戦後70年の節目を、すべての戦争被害を解決する出発点にしたいと、太平洋戦争中の空襲や原爆などの被害者や遺族らでつくる実行委員会が6日、東京・浅草で集会を開いた。都内はじめ沖縄、広島など全国から約800人が参加した。(東京新聞ー3月7日付)       「空襲の補償 民間人にも」   実行委員長代理で弁護士の児玉勇二さんが「軍人軍属と民間人の補償の差は54兆円。すべての人の戦後補償を政府に求めよう」とあいさつ。  東京大大学院の高橋哲哉教授(鉄学)は「戦後70年の歴史認識を問うー新たな戦争を許さぬために」と題して講演し「政府は国策の誤りに責任を負うべきだ。国が始めた戦争の被害者に補償がないのは不条理極まりない」と呼びかけた。  合唱団「この灯」が痛ましい空襲体験を歌で披露。長崎県や沖縄県からの参加者も口々に戦争の悲惨さを語り「戦争犠牲者、被災者をほったらかしにしないで」「私たちには時間がない。援護法の制定を」と訴えた。  副実行委員長の小林節慶応大名誉教授(憲法学)は「補償を実現させるには、この活動をもっと多くの人に知らせ、情報を継承することが大切」と連帯を呼びかけた。 【追記】慶大名誉教授の小林節さんが「いままでこの世界を知らず、人生観が変わるほどのショックを受けている」と話したことが極めて印象的でした。 【注】牛山れい子さんから当日の写真を送っていただきました。

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「合唱団この灯」 平和歌う演奏会 きょう江東で

戦争の記憶や平和への願いを歌う「合唱団この灯」の演奏会が25日、江東区住吉の「ティアラこうとう」(江東公会堂)で開かれる(東京新聞・1月25日付「都心版」)  戦後70年となる今年は「いのち輝く未来へ」と題し、オリジナル局など17曲を披露する。演奏会の第3部で歌われる「生命(いのち)を生きる」は、団員で東京空襲犠牲者遺族会の牛山鈴子さん(72)=墨田区=が、太平洋戦争中に軍隊で理不尽な死を遂げた父らを思って作詞した。牛山さんは「歌を通して平和を訴えていきたい」。  ほかに「芭蕉布」「民衆の歌」「人間の歌」など。当日は午後1時半開演。全席自由席。<問い合わせ>は武田さん=03-3704-3972=へ。 【合唱団この灯】  http://38300902.at.webry.info/theme/11bef5510b.html ●こうとう民報が1月号で記事掲載→

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「生命を生きる」に寄せて 牛山れい子 -終ー

東京大空襲訴訟に係わって活動しているとき、ある新聞記者から「軍人の遺族として、恩給をもらっているのか」と聞かれたことがあります。「天皇陛下の馬を死なせた軍人・遺族」に恩給は支給されていません。 ▼空襲訴訟原告団 前列左から二番目牛山鈴子さん  今、安倍内閣の下で「戦争する国づくり」が強行されようとしています。そのために、憲法9条の廃止、愛国心を持たせるための「教育再生」(”修身”の科目を教材に位置づけて、5段階評価の対象にしようとしていることなど)、消費税の増税など暮らし、営業への攻撃、福祉・医療・介護の切捨てなど、人間が生きているすべての分野に及んでいます。  「国民が主人公の社会の実現のために」「人間が人間として生きられるように」「再び戦争の惨禍を繰返さないために」「こどもたちに平和を手渡すために」憲法をくらしに生かすようにしていきたいと思います。  そして、「憲法第99条(憲法尊重擁護の義務)天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」の条項を世の中を見るモノサシにしていきたいと思います。  コンサートの成功に向けてがんばります。

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「生命を生きる」に寄せて 牛山れい子③

父親の死の実情がおぼろげながらも明らかになるにつれて、ありえないそのさまに驚愕の念が迫ってくる。天皇を頂点とする旧大日本帝国軍隊のさまに怒りがこみ上がってくる。「生命を生きる」に寄せて、これは第三話。あってはならない世紀の悲劇だ。      「死して罪過の汚名を・・・」・戦陣訓    旧日本軍の規律は、「軍人勅諭」(1882年・明治15年)と「戦陣訓」(1941年・昭和16年)に示されたものでした。「軍人勅諭」は「朕(ちん=天皇の自称)は汝ら軍人の大元帥なるぞ」「義は山岳よりも重く、死は鴻毛(こうもう=鳥の毛)よりも軽ろしと覚悟せよ」と言い、「戦陣訓」の「生きて虜囚の(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず、死して罪過の汚名を残すことなかれ」としたことは知られているところです。  同時に、本訓の「戦陣の嗜(たしなみ)」の中に「刀を魂とし、馬を宝と為せる古武士の嗜を心とし、戦陣の間、常に兵器資材を尊重し、馬匹を愛護せよ」を詠んだ時、「人間より馬が大事という」原点がここにあったことを知りました。 当時、大学生は、入隊すれば”将校”に任官したそうです。何人かの部下が配属されます。部下の一人が、「天皇の馬」を死なせてしまったのでその責任をとって「自害」したと聞きました。   「中隊長の部屋」で死亡とあるが・・・    父の「戦没者調査票」によれば、1944年(昭和19)年12月16日、死亡場所は、宮城県仙台市川内部隊第1中隊長室で死亡となっています。中隊長室で自害(正確にはど…

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「生命を生きる」に寄せて 牛山れい子②

「馬が死んだから 責任をとって死んだという 天皇陛下の馬だから 人間より馬が大事という 父は27歳だった」と牛山れい子さんは、呻くように、怒りを秘めて話しつづけます。「生命(いのち)を生きる」の第二話です。       戦局悪化で 国は学徒も動員     父は、1917(大正6)年10月26日、新潟県高田市(現在、上越市)で生まれ、東京帝国大学農学部に入学するまでは、高田市で幼年時代を過ごしました。高等学校時代に女学校に通う母親を見染め学生結婚をし、東京で新婚生活を始めました。  1942(昭和17)年以降日本は、戦局悪化で戦死者が増加したため、戦力が不足していきました。  そこで政府は、大学、専門学校などの就学年限を3ヵ月、6ヵ月と短縮する(繰り上げて卒業)ことを定め、在学生の徴兵を決めました。父も1942(昭和17)年9月に繰り上げ卒業をし、10月1日に「輜重(しちょう)兵第2聯隊(れんたい)補充隊第2聯隊」(軍馬を管理する部隊)に入隊しました。私が生まれたのは、その2ヵ月後の11月30日です。  すでに亡くなった作家の水上勉さんも入隊したところが「輜重隊」だったとのこと。「いくら働いても星は一つ、二等兵のまま」。「僕らは一銭五厘、役場に葉書を1枚出せばよかったが、馬は、全国から運賃をかけてくる。天皇の馬として烙印を押されると、実に時間がかかる。一銭五厘というわけにはいかない。人より馬の時代です」。と言っています。(「一滴の力水」水上勉さんと不破哲三さんの対談集から…

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「生命を生きる」に寄せて 牛山れい子①

ほどなく「合唱団この灯」の2015年演奏会が「ティアラこうとうで」で開かれます。プログラムの第3部のなかに「生命(いのち)を生きる」という新曲が目に止まりました。このほどこの曲の誕生にかかわる痛ましくも壮絶な秘話を、作詞者の牛山れい子さんから寄せていただきました。   空襲の実相と私の実体験  牛山鈴子    私の書いた詞(ことば)に曲がついて、コンサートで歌われることになりました。、今でも”これは夢ではないか?”と思うときがあります。70余年の人生の中のはじめての経験に戸惑っているのが率直なところです。  内容は、空襲の実相と私の実体験ですが、説明をしないと分かりにくいので、少し長文になりますが書かせていただきます。よろしくお願いいたします。  この詞を書いたのは、東日本大震災の大津波と福島の原発事故の被害と被害者に想いを寄せて、団員(合唱団この灯)が詞を書いて創作曲をつくろう!ということになった時です。  2011年3月11日、一瞬にして命を奪われた人々や家族、友人、財産を奪われた方々の想い、原発で避難生活を余儀なくされて見知らぬ土地で暮らさなければならない方々への想いを、つたない詞にしました。  その一日前の3月10日は、1945年に東京大空襲があった日です。眼の前のテレビで放映されている津波で亡くなった方たちや家族、家、財産を一瞬のうちに失った方たちの姿が、東京大空襲の凄惨な場面と重なって、涙が止まりませんでした。  その時、戦争や空襲、原爆で失った尊い命を…

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戦後70年 ~いのち輝く未来へ~

「合唱団この灯2015年演奏会ー戦後70年~いのち輝く未来へ~」案内の年賀状をソプラノの牛山れい子さんからいただきました。ときは1月の25日(日)。ところは江東区の「ティアラこうとう」大ホールです。  お元気で新年をお迎えのことと存じます。戦後70年! ふたたび戦争の惨禍を繰り返さないために力を尽くします。  ”幕開けのコンサート”に、ぜひ、お誘いあわせておでかけくださいますよう、お待ちしております。  本年もよろしくお願い申し上げます。     2015年 正月     牛山れい子   私たちは忘れない   あの戦争の悲しみを   あの日うばわれた   たくさんの命を背負って   未来に向かって生きている   ≪主催≫ 合唱団この灯 03-3704-3972

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父が歌わせた「私のうた」 牛山れい子

昨日、墨田区の牛山れい子さんから写真添付のメールが届きました。それは先ごろ仙台で開かれた「日本のうたごえ祭典」での記念写真です。牛山さんは、東京の「合唱団この灯」の一員です。仙台、それは戦中彼女の父親がかけがいのない命を絶たれたところ。きっと万感の思いで「平和への願い」を込めてうたったのでしょう。 ▼「合唱団この灯」 in 仙台、前列左端が牛山鈴子さん  「生命(いのち)を生きる」歌ってきました      おはようございます。選挙ですね。無理せずに、頑張りましょう。  先日の「2014 日本のうたごえ in 宮城(仙台)」で私の書いた「生命(いのち)を生きる」をうたってきました。仙台は、70年前に父が”自害”した軍隊のあった地(現在に東北大学)です。父が私の歌をうたわせたのでしょうか。何かの因縁を感じながらうたってきました。(牛山れい子) 【注】僕のブログから・・・・・  「生命(いのち)を生きる」 http://38300902.at.webry.info/201406/article_21.html  「私の戦争体験・牛山れい子」 http://38300902.at.webry.info/201304/article_2.html

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「合唱団この灯」  2015年演奏会

「合唱団この灯」の2015年度の演奏会は1月25日に開かれることになりましたた。「私たちは忘れない/あの戦争の悲しみを/あの日うばわれた/たくさんの命を背負って/未来に向かっていきている」と胸に刻みこみ、壮大な演奏会となるでしょう。      戦後70年           ~いのち輝く未来へ~ ●2015年1月25日(SUN)   午後1時開場 午後1時30分開演 ●ティアラこうとう 大ホール  全自由席      2000円  高校生・障害者   1000円  <お問い合わせ> 03-3704-3972 (担当:武田)   主催:合唱団この灯          <プログラム> 【第1部】日本の歌。世界の歌      芭蕉布      アムール河の波 ほか 【第2部】みんなで歌いましょう 【第3部】合唱構成「いのち輝く未来へ      死んだ男の残したものは      生命を生きる ほか 【合唱団この灯】http://38300902.at.webry.info/theme/11bef5510b.html

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東京大空襲訴訟ニュース NO.2 ㊦

東京大空襲訴訟は、2013年5月8日最高裁で「上告棄却・不受理」が決定されました。原告団と支援する会は、、ただちに「空襲被害者が援護法で救済されるまで力を尽くそう!」と決意を固め、日弁連へ「人権救済申立」を行うことにしました。(東京大空襲訴訟原告団事務局次長・牛山れい子)       「人権救済申立」 の経過と現状    この制度は、日弁連が政府または首相に対して「援護法の制定で空襲犠牲者を救済せよ!」と勧告あるいは警告を行うもので、法的な拘束力はないものの、一定のインパクトを与えることになります。  2013年11月25日、元原告と支援者103人が人権救済申立人に名を連ね日弁連に申し立てを行い、記者会見で発表しました。2013年12月11日に行った院内集会では、「この申し立ては、歴史に残る意義のあるもの」「戦後70年までに人権回復めざして力を尽くす」など決意が語られました。  2014年6月12日、日弁連の人権救済委員会担当の弁護士さんの意見聴取が行われました。意見(空襲体験)を述べたのは、星野弘団長、城森満副団長、豊村美恵子さん、戸田成正さん、草野和子の5人の方です。体験を聞いた弁護士さんは、”私の母も空襲を体験しています。一日も早く、意見をまとめるように努力します”と話されました。  現在、人権救済委員会で調査されていますが、結論が出されるのは、2015年3月頃になるであろうと予想されます。来年は、「戦後70年の節目の年」です。"勧告”に期待しながら、援護法実…

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