岡山空襲72年 ピースキャンドル

 岡山市中心部が米軍に爆撃されて2000人が無くなった岡山空襲から72年目の6月29日、同紙で平和への思いを込めたピースキャンドルがともされました。(しんぶん「赤旗」7月6日付ー地方版)       戦火逃げ延びた体験聞く    参加者は空襲を描いた紙芝居を見、空襲を逃げ延びた青山静さんの体験談を聞きました。  20歳で空襲に遭った青山さんは下級生たちを連れて市内を逃げ回りました。「米軍機が遠のいて助かったと思った後に溝の中で息絶えた男性を見た。私らは逃げたけど、この人はよう逃げんかった。かわいそうに思った。友達は池に漬かって学校が焼け落ちるのを見ていた」と話しました。  「無事帰宅すると母が飛びついて喜び、『生きとったんか』と何回も言った」と思い出していました。息子に聞かせようと連れて来た橋本恵美子さん(47)は「今の生活と安全を守るためには、守る気持ちがないと忘れたころに同じことを繰り返すと思う」と話しました。

続きを読む

1票を争う大激戦 何としても「あぜ上三和子」さんを

 都議選も今日を含めてあと三日。江東区(定数4)のあぜ上事務所から「このままでは、あぜ上さんは5番目、みなさんの最後の力をかしてください」と、緊急の訴えが届きました。そして最終番の情勢も次のように伝えてくれました。    「3人、5人に広げて」 宣伝・対話の大攻勢を!    今の状況は、誰にするか「決めてない」人は57%と急増しています。自民党は2人出していますが、現職の1人に力を集中しています。  公明党は小池知事を招いて大島6丁目団地で1000人を集め、公明弁士の反響デマ宣伝について「公明党がやってくれた」と保証人の役割をはたしています。小池知事は都民ファースト推薦現職の門前仲町の街頭宣伝にも応援に入っています。現状ではこうした他党を上回り、勝利を切り開くところまで到達していません。  メガホン宣伝に打って出ながら、「3人、5人に広げて」の訴えを広げに広げてあぜ上さんを何としても押し上げましょう。 【追記】江東区にあぜ上さんがどうしても必要という「あぜ上三和子押し出しビラ」を緊急に12万枚つくり地方からの宣伝ボランティアで配布します。

続きを読む

「あぜ上さん」(都議選)の支援 島根から電話

 4日と5日、島根から東京・江東区の、あぜ上三和子都議候補支援の電話かけをしました。1日目は一人で地元議員の事務所で、2日目は義母をディサービスに送り出して参加してくれたM子さん(60代)と二人です。(しんぶん「赤旗」6月23日付ー「読者の広場」)  1日目、電話代が大変ではと、支部長のスマホが「かけホーダイ」でそれを借りました。不慣れな私は、脇のボタンを押したり、20軒で頭痛がして残りは翌日に。  政治や宗教はお断り、何の用事ですか」という方に「共産党です」と言うと話を聞いてくれました。いきなりガチャンもありましたが留守伝対応の方が折り返し、スマホにかけてきたり。  2日目は、スマホはM子さん担当で40軒、私はスマホと固定電話で60軒。二人で120軒、かけました。電話番号表示にしてある男性が「遠くからかけてるんですね。ご苦労さまです。私は共産党じゃないが応援しています」。また別の男性は「暑い中、ご苦労さま」と「東京は暑いrしいね」と反応を交流し励ましあって行動しました。(松江市 加茂京子)

続きを読む

「共謀罪」反対で集結 東京・日比谷で4200人

 「共謀罪NO!」と書かれた無数のプラカードが、東京・日比谷の野外音楽堂に掲げられた。法案に反対するため、16日夜にあった集会には約4200人の市民が集まった。「戦前の歴史繰り返すな」「市民を監視しようとしている」。参加者らは抗議の声を上げ、集会後には、銀座まで行進して廃案を訴えた。(東京新聞・5月17日付)     「政府は聞く耳を持たず」               岸本真弓(61) 埼玉県飯能市  ちゃんと議論して決まったものならまだ納得できるけど、聞く耳を持たない今の政府のやり方は許せない。まだ分からないことがあるのに、十分な説明もしないであっという間に決め手しまう。政府への不信感ばかりが膨らんでいく。             「市民黙っていたらだめ」                    仲丸則雄(69) 川崎市  共謀罪はどんどん拡大解釈される恐れがある。市民は黙っていたらだめ。声を上げていく必要がある。ささやかだとしても、それが反対の意思表示になる。  ■「共謀罪」の廃案を求めて(「赤旗」5・17付)

続きを読む

「共謀罪」法案と戦争体験者 鎌田保さん

 10日、「共謀罪」法案の廃棄を求めて行われた集会で「全商連」副会長の鎌田保さんがマイクを握りました。1931年生まれの85歳。「戦争体験者として生きている限り、平和を守る決意です」と訴えたスピーチ(要旨)を紹介します。(「赤旗」5月11日付)           生きている限り平和を守る   私たち国民は、かつて国にだまされ戦争に駆り立てられました。国民を戦争へと動員するには反対する声を封じる必要があります。それが戦前の治安維持法でした。これを繰り返そうとしているのが安倍政権です。  そして、憲法に自衛隊を書き込むということを口にするのと同時に「共謀罪」法案を提案しています。戦争する国づくりの一環であることは明らかです。  1944年4月、私は高等小学校1年生で、家族7人と満洲へ渡りました。関東軍100万と、神風が守ってくれると信じ込んでいました。1945年8月15日に敗戦を迎えた翌日、難民となった地元の人たちに襲撃され避難民となりました。ソ連兵の暴虐、掠奪、暴行は、当時14歳の私の目に焼きついています。  母乳の出ない母がひねた粟(あわ)を口でかみ、だ液とともに飲ませていた妹は栄養失調で死にました。そして荒野に葬ってきました。この命を思うと戦争はいやだと思います。  1946年の6月、引き揚げ船のなかで聞いたポツダム宣言。そして永久に戦争をしない、武力を持たないという日本国憲法の文言は、決して忘れられない”命”です。  戦後最悪の安倍政権を、一日も早く国勢の場から追放…

続きを読む

引き揚げ体験 紙芝居にして

 私は日本が中国侵略を本格化した盧溝橋事件が起きた年に生まれ、この4月で満80歳になりました。8歳までを中国東北部の満蒙開拓団で育ち、敗戦の混乱のなか、命からがら引き揚げました。(「赤旗」日曜版・5月14日「人生のうた」から)   引き揚げ体験を紙芝居に             高屋敷 八千代 青森県 80歳    2人の弟は幼くして中国で病死。戦後生まれの弟妹も含めて9人のきょうだいのうち4人が亡くなりました。  小学校教員になり「教え子を戦場に送るな」の合言葉に共感し、教職員組合に入り教員として40年。いつの間にか退職して20年がたち、月日の速さに驚かされます。在職中から自身の引き揚げたい県を紙芝居にして、平和の大切さを語り、今も続けています。  改憲へ暴走する安倍政権、過激で怖いトランプ米大統領の出現で平和が危ない今、まだまだ元気で、憲法を守る力になりたいです。

続きを読む

「関東防空大演習を嗤う」 桐生悠々

 それはパッペット・ショー(人形劇)に過ぎないー。戦前、空襲を想定して行った陸軍の大規模な訓練をこう断じたのは桐生悠々でした。当時主筆だった品の毎日新聞に載った「関東防空大演習を嗤(わら)う」です。 ▼桐生は「架空的なる演習」の滑稽さを指摘しながら、空襲されれば「敗北そのもの」だと論じました。いかに訓練しても冷静沈着になれと言い聞かせても、爆弾が落ちれば「阿鼻叫喚の一大修羅場」になる▼いま日本政府は、北朝鮮のミサイルに備えた住民の避難訓練を全国に呼びかけています。都道府県の担当者を集め、秋田ではすでに実施。他国からの攻撃を想定した住民訓練は戦後発でしょう。マスメデイアも盛んにあおっています▼内閣官房のホームページには「ミサイル落下時の行動について」が掲載されています。できるだけ頑丈な建物や地下街に避難する、物陰に身を隠す、窓から離れる・・・。これで国民の安全をはかれると本位で思っているのか▼安倍政権は強行した戦争方に基づき、米軍の艦船を守るよう自衛隊に命令を出しました。危機を口にする一方で閣僚たちは大型連休中、相次いで外遊に。この落差。北の脅威を別の思惑に利用しようとする狙いが透けて見えます▼桐生は「こうした実戦が、将来決してあってはならない」「あらしめてはならない」ことを訴えました。その正しさは後の歴史が証明しています。いますべきは、ミサイエウを撃たせないために外交努力を尽くすこと。それこそが人類の進歩でしょう。(しんぶん「赤旗」-「潮流」5・1)                  …

続きを読む

ちひろ美術館で式典 山田洋次監督ら挨拶

 ちひろ美術館の開館40年(東京)と20年(安曇野)を記念する式典が12日、長野県北安曇郡松川村であり、子どもたちに平和な世界をつなごうと思いを級友しました。いわさきちひろ記念事業団理事長の山田洋次監督や俳優の上条恒彦さんらがあいさつしました。(しんぶん「赤旗」4・13付)       ”子に平和”の願い継ぎ  式典には、県内の自治体首長や議員、全国の出版・印刷関係者、松本善明元日本共産党衆院議員らちひろの親族など160人が参加しました。  館長の黒柳徹子さんがビデオメッセージ。ちひろが亡くなったときは悲しかったと振り返りながら、「その後建てられた二つの美術館に630万人訪れたことをうれしく思う。子どもの平和を願った、ちひろさんの思いを忘れないでほしい」と語りました。                来年はちひろ生誕100年    山田監督は、来年はちひろ生誕100年であると同時に「寅さん」シリーズ公開50年でもあるとし、、二つの大きな企画を考えているとあいさつしました。  画家・グラフイックデザイナーの原田泰治さんは記念講演で、「子ども時代は先生から『だめだだめだ』といわれ劣等感を持っていたが、その時コンテストに出品した絵が評価され自信を持ち、今に至った」と延べ、人間はがんばればできないことはないのではないかと参加者を激励しました。

続きを読む

「パン屋」でなくて「和菓子屋」だって

 知る人ぞ知る「しんぶん『赤旗』」のコラム「潮流」。愛読者のなかには毎日、書き写す人もいるという。流れるような文章のなかに閉塞感ただよう時節をズバリと斬って、じわと染み込んでくる。(「赤旗」4月1日付)  朝食は「パン派」が5割。少し前にJA全中が調べたところ朝食の主食として最もよく食べられていたのはパンでした▼年代や性別によって差はありますが、毎日の食生活にすっかり定着していることが分かります。もともとパンは戦国時代に鉄砲とともに伝わり。幕末には兵学者の江川太郎左衛門が兵糧として初めて本格的に製造。明治以降は日本中にひろまっていきました▼今では全国のまちのパン屋さんは1万軒以上も。柔らかく、しっとり、もっちりした食感。種類の豊富さ。世界からも高い評価を受けている日本のパン技術や文化。あんパンのように独自に開発し、庶民に受け入れられていったものも多い▼日本社会に根づいているパン屋ですが、それが「和菓子屋」に書き換えられました。小学校の道徳が2018年度から教科書を使うことになり、文科省が検定。学習指導要領にある「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ」という点が足りないと指摘され、教科書会社が修正しました。▼ただでさえ、人の心を国が縛ることにつながる道徳の教科化。一方的な価値観が押し付けられ、こんなばかばかしいことが平気でまかり通ることに。和菓子屋だって不本意でしょう。だいたい、違法な天下りを省ぐるみでやっていた面々に人の道を説く資格があるのか▼戦争する国づくりのなかで、道徳を強制…

続きを読む

空襲連、救済法求め院内集会 9日

 全国空襲被害者連絡協議会(空襲連)が9日、衆議院第二議員会館で院内集会を開いた。空襲で負傷しながら軍人軍属のような援護制度がない戦災障害者に対し、救済法制定を目指す動きが超党派の国会議員の間で加速している。被災者らは「私たちの被害に謝罪と保証を」と声を振り絞った。(東京新聞3月10日付)    戦争、大人が起こし子どもが傷つく              空襲被害に補償を    6歳のとき鹿児島県の空襲で左脚を失った安野(あんの)輝子さん(77)は「トカゲのしっぽのように足もはえると思っていた」と目頭を押さえた。「戦争は大人が起こして子どもが傷つきます。子や孫を同じ目に遭わせたくない」と訴えた。1945年で腰に大けがをした内田道子さん(84)は「被害者の支援が実施されるよう力を貸してください」と呼びかけた。  東京大空襲で家族4人を亡くした後、1945年8月の空襲で右腕を失った豊村美恵子さん(90)はインフルエンザで出席できず、「生涯苦難に耐えてきました。余命少なくなり、生存最期の願いです」というメッセージを寄せた。  救済法制定を目指す超党派の国会議員連盟の河村建夫会長(自民)は「空襲の被害は広範にわたるため、少し絞り込み、障害が残っている方を中心に今、考え方をまとめている。被害者は高齢で、急がなければならない」と述べた。  救済法については、空襲連の弁護士らが、障害者への一時金と被害の実態調査を柱とする特措法案を提案。空襲議連は名古屋や欧州の補償制度を調査し、今回提出を目…

続きを読む

戦争の仕掛け人の孫息子が 真珠湾に行くって!

 入り江の穏やかな海が陽光にきらめいていました。観光客でにぎあう海岸線の広々とした公園や記念館。寄り添いながら海を見つめていた親子連れの姿が印象的でした。(しんぶん「赤旗」12月7日付「潮流}) ▼数年前、ハワイ・オアフ島のパールハーバー(真珠湾)を訪ねたことがあります。現地時間でいえば75年前の12月7日、日本軍によって太平洋戦争の扉が開かれた地。歴史の足跡をたどろうと、今でも国や世代を問わず、多くの人が足を運んでいます▼安倍首相が「犠牲者の慰霊のため」真珠湾を訪問すると表明しました。日本の現職首相としては初めて、日米の和解や同盟強化の意義を発信したいといいますが、起こした戦争への反省なき人物が国を代表して何を伝えようというのか▼米国民の中には日本の真珠湾攻撃を「だまし討ち」と批判する向きが根強い。その怒りは現地の展示物や説明からも、アジア侵略から日米開戦に踏み込んでいった過去を省みることなしに真の和解もありえないでしょう▼いま日本では戦時下の日常をリアルに描いたアニメ映画が大勢を引き付けています。「この世界の片隅に」。ひとりの女性を通した市井の暮らし。人びとがつむいできた日々が戦争という暴力によって理不尽に奪われていく様子が淡々と▼普通に生きることの大切さ。若者をはじめ、共感が広がる幸せはそこに。戦争に至るまでの積み重ねと同じ道を二度と歩むまいという決意。追悼の地を訪れても、それがなければ単なるパフォーマンスと受け取られても仕方がありません。 【注】安倍首相の祖父は岸 伸介氏。開戦…

続きを読む

「不戦のつどい」 立命館大学で

 二度と学生を戦場に送らないとの決意を新たにする立命館大学の「不戦のつどい」が2日、同大国際平和ミュージアム(京都市北区)の「わだつみ像」前で開かれました。。つどいは今年で63回目。約100人が参加し、献花しました。(しんぶん「赤旗」4日付)     犠牲の上の平和かみしめ      -わだつみ像の前でー   八木敦史学友会中央常任委員長、吉田美喜夫総長、砂糖敬二教職員組合執行委員長があいさつ。  吉田総長は、第2次大戦中、学徒出陣で立命館大学の学生3000人がセンチに向かい、1000人が戦死したと語り、「平和な環境がいかに甚大な犠牲の上に成り立っているのかかみしめてほしい」と訴えました。  また吉田総長は、南スーダンへの自衛隊派遣について「はたして平和に向かっているといえるのか」と指摘。18歳選挙権に触れ「大学関係者は主権者を育てる思い責任を負っている」と述べました。      八木氏は「平和の大切さや尊さを伝えていくことが『立命人』としての使命だ」と話しました。  佐藤氏は、集団的自衛権容認など日本政府は憲法をないがしろにしていると強調。一方、安保関連法=戦争法への反対運動を取り上げ、「戦争から続く反戦の運動でさまざまなことを防いできた。不戦のつどいもその一つだ」とのべました。

続きを読む

新生日本の出発点 11月3日

 その条文を初めて目にしたとき、愛国青年だった畑田重夫さんは絶対に生涯離すまいという思いにかられたといいます。そして93歳になる今も日本国憲法を持ち歩いています。(しんぶん「赤旗」・1面コラミ「潮流」ー11月3日付)  ▼前文の冒頭からうたい上げた徹底した国民主義。家畜以下の扱いを受けた兵役生活から解放された「人身の自由」。何よりも戦争放棄と戦力の不保持を定めた9条。それを手にしたときの感激は忘れられません(「わが憲法人生 七十年」)▼敗戦の荒廃の中、新憲法が公布されたのは70年前のきょうでした。当時国会で天皇裕仁(ひろひと)が読み上げた勅語はこんな文言で結ばれています。「この憲法を正しく運用し、節度と責任とを重んじ、自由と平和を愛する文化国家を建設するやうに努めたいと思ふ」 ▼日本を破滅へと導いた軍国主義から、平和と民主主義を掲げた新憲法のもとで新たな国づくりに踏みだす。時代の大きな転換を多くの国民は感動と喜びをもって受け止めました▼しかしいま、改憲に執念を燃やす安倍首相は世界に先駆けてきた新憲法の理念を、ふたたびひっくり返そうとたくらんでいます。新生日本の出発点となった11月3日。それを明治の時代を振り返る日にしようという自民議員らの動きも。戦前の「明治節」を復活させる逆行です▼日本国憲法がもつ新鮮で豊かな中身は、世代をこえて出合った人たちに。若手弁護士の白神優理子さんは自分の生き方を変えたと話します。「人間の歴史が前に進んでいることを証明してくれる希望の存在」なのだと。

続きを読む

「平和と自由」を愛した歴史学者 三笠宮

 平和と自由を愛した庶民派の歴史学者。27日に死去した三笠宮崇仁(たかひと)氏の自著からは、そんな人物像が伝わってきます。(しんぶん「赤旗」・10月31日付ー「潮流」) ▼戦前、皇族男子は軍務につくと定められていたことから1939年、陸軍大学校に。「今もなお良心の呵責(かしゃく)にたえないのは、戦争の罪悪性を十分に認識していなかったことです」と述懐します。43年、陸軍参謀として中国・南京に赴任。そこで日本軍の残虐行為を知らされました▼略奪、暴行、放火、強姦。「罪もない中国の人民にたいして犯したいまわしい暴虐の数かずは、いまさらここにあげるまでもない」。驚くのは44年、参謀でありながら日中戦争に疑問を呈し、幕僚に「内省」と「自粛」を促していたことです▼講話のやりとりをまとめた文書の表題は、「支那事変ニ対スル日本人トシテノ内省」。筆者は若杉参謀。三笠宮の別名です。冒頭、言論が極度に弾圧されている中、一般幕僚が大胆な発言をするのは困難なので自分が発言する、と述べています。日本軍の毒ガス使用にも触れ、「聖戦」「正義」と宣伝される時代ほど、事実は逆に近いような気がする、とも▼戦後は新憲法の「戦争放棄」を積極的に支持。50年代後半、「紀元節」復活を目指す動きにも歴史学者として反対しました。「偽りを述べる者が愛国者とたたえられ、真実を語る者が売国奴と罵(ののし)られた世の中を、私は経験してきた。・・・それは過去のことだと安心してはおれない」▼モットーは、「真実は何か」。残された言葉の重みをいま改めてか…

続きを読む

中国残留孤児問題シンポ 東京・墨田区で

 「『敵国のこどもをそだてた中国人養父母』に感謝」をテーマに、中国残留孤児問題を考えるシンポジウムが2日、東京都内で開かれ、約400人が参加しました。(しんぶん「赤旗」10月2日付ー社会面)      ”二度と戦争しない”400人参加     主催は一般社団法人日中協会、NPO法人中国帰国者・日中友好の会などが後援する中国残留孤児問題フォーラム実行委員会。  第2次大戦敗戦の混乱のなか、中国に取り残された日本人孤児は中国側発表で4000人。厚生労働省の統計では2818にんです。  元孤児で中国帰国者・日中友好の会の池田澄江理事長は「私たちの人生は戦争によって翻弄されました。養父母がいなければ今の私たちは戦争に反対し、日中友好、世界の平和を望みます」と訴えました。  『この生あるは』の著者の中島幼八さんは、中国人養父母が困難や中国社会の誤解のなかで孤児を育てたことについて「大きな広い心で、憎しみを超えて敵国の子どもを育ててくれた中国人養父母を歴史の舞台に押し上げたい」と、感謝を表す碑の建立を提起しました。  帰国者二世の大久保明男・首都大学東京教授の司会で、白西紳一郎(日中協会理事長)、寺沢秀文(満蒙開拓平和記念館専務理事)、羽田澄子(映画作家)、安原幸彦(中国「残留孤児」国家賠償訴訟弁護団幹事長)の4氏が討論。日本の加害の歴史を知り、戦争放棄した憲法を守る重要性などを語りました。  ドラマ「大地の子に出演した俳優の仲代達也さんがメッセージをよせました。   

続きを読む

戦後71年 「平和の俳句」 ー40-

 9月最終週の「平和の俳句」。しんぶん「赤旗」25日付で、この夏に出版された「平和の俳句」(小学館)を「読書欄」で紹介している。「理不尽な暴走政治にも気負わず自然体で立ち向かう俳句の底力にしびれました」と結んでいます。      暴走に立ち向かう底力         「平和の俳句」    安倍政権が戦争法案を強行採決して1年。この夏、『金子兜太 いとうせいこうが選んだ「平和の俳句」』(小学館・1000円)が出版されました。昨年1月1日から12月31日まで、東京新聞など4紙の朝刊1面に毎日1句掲載された「平和の俳句」投稿句を集めています。  2人の選者はそれぞれ「いまの私たちは不安定のなかにいる。平和に不安がある」(金子)、「これは国民による軽ろやかな平和運動です」(いとう)と、投稿句への思いを語っています。 印象に残った句を挙げると、「平和とは一杯の飯初日の出」(浅井将行)は、平和の温かさをおなかから実感できる句です。「さべつとか、いやなきもちがせんそうだ」(斎藤詩歌)には小学2年生の鋭い洞察が、「除染して神や仏はもどるのか」(小野長辰巳)には原発事故へのす。深い怒りがみえます。「デモの誘い真面目に読む日が来るなんて」(金井袖季奈)は、デモが身近になる瞬間の、驚きに満ちた心の動きが伝わります。  理不尽な暴走政治にも気負わず自然体で立ち向かう俳句の底力にしびれました。(清) ◆淑(しと)やかな妻が寝言でべらんめい 平野和男(69) 静岡県掛川市 2016・…

続きを読む

全傷連会長 杉山千佐子さん 死去 101歳

 太平洋戦争で負傷した民間人への補償を求める活動を続けた「全国戦災傷害者連絡会」会長の杉山千佐子さんが18日、老衰のため死去した。百一歳。岐阜市出身。葬儀は近親者で行い、後日お別れの会を開く(東京新聞9・19日)   1945年3月、名古屋空襲で負傷し左目を失った。元軍人・軍属には補償がある一方、民間戦傷者を救済する制度がないことに疑問を抱き、72年に全国戦災傷害者連絡会を立ち上げた。  補償を求めて国会への要請行動を積極的に展開、運動は全国に広がった2010年、空襲被害者の救済の立法化を求める「全国空襲被害者連絡協議会」の顧問に就任した。 ■しんぶん「赤旗」   杉山千佐子さん、18日午前8時30分、老衰のため名古屋市千種区の高齢者介護施設で死去しました。101歳。岐阜市出身。自宅は名古屋市千種区内山2-16-3の高齢者介護施設「あんしんせいかつ内山」。葬儀は同市中区丸の内3-4-5の日本基督教団名古屋教会で、日程は未定。 【注1】東京新聞の「評伝」 【注2】関連ブログ=http://38300902.at.webry.info/201306/article_25.html

続きを読む

「憲法守る意義議論」 九条の会が集会

 「九条の会」は25日に第6回全国交流集会を開きます。参院選の結果を受け、安倍内閣と自民党は、衆参両院に設置された憲法審査会で明文改憲への動きを強めようとしています。  また、昨年9月に強行した安保法制=戦争法にもとづき、南スーダンPKO(国連平和維持活動)に派遣される自衛隊への「駆け付け警護」などの新任務付与をはじめ、その発動に動き出そうとしています。  憲法9条の重大局面にあたり、9条を守ることの意義について議論し、各地の活動を交流します。また、「九条の会」の体制強化のための世話人会(仮称)設置とメンバー紹介も予定しています。(しんぶん「赤旗」15日付) ■日 時:9月25日(日)午前11時~午後4時 ■会 場:明治大学駿河台キャンパス        リバティー・タワー1階 【問い合わせ】 九条の会事務局         TEL ;03-3221-5075         FAX 03-3221-5076 Eメール http://www.9-jo.jp/   

続きを読む

母の思い出は 特攻隊の弟・・・ 【読者の広場】

昼食のひとときの母との会話です。「母さん楽しい思い出ある?」「・・・」先日も母の記憶が薄れているという実感でショックを受けるのかなと思いながら、「つらい思い出は?」と聞くと「戦争。稲穂(母の弟)が殺されたのよ」と話すのです。    92歳の母が忘れられない      札幌市 松本美紀子(60歳)    92歳の母が忘れられない思い出が19歳で特攻隊で亡くなった弟なのです。  時には認知症がすすんでいるんだなあと覚悟のような思いになる私ですが、先日の会話はジーンと胸に迫るものがあります。  終戦記念日が、また訪れますが、母のように戦争というつらい思いを抱きながら行き続けている人たちがいることを忘れてはならないと、母から教えられた日でした。(しんぶん「赤旗」8・13付) 【注】僕の兄も特攻で戦死しました。存命なら松本さんの母上と同年の92歳です。

続きを読む

戦争の怖さを 知ってほしい 富山市

原水爆禁止富山県協議会と富山大空襲を語り継ぐ会は1日、富山市内で「核兵器も戦争もない世界を!富山大空襲死没者追悼市民平和行進」を行いました。参加者は、菊を手に富山市役所を出発し、大空襲で焼け出された市民が逃げ込んだ神通川まで歩いて献花しました。(しんぶん「赤旗」8・4付)      富山大空襲 市民が追悼行進    富山大空襲は、1945年8月2日未明、米軍のB29爆撃機の大編隊によって行われた空襲。当時の中心市街地の99・5%が焼き尽くされました。 死者は推定3000人、約8000人が負傷しました。  神通川河原で開かれた集会では、富山大空襲を語り継ぐ会幹事の柴田健次郎氏と仏教者九条の会の阿部行道氏がそれぞれ、戦争を許さず平和を守るための取り組みを強めようとあいさつしました。  昨年に続いて参加した柴田恵美子さん(68)は、「大空襲で逃げ惑う人を思いながら行進した。戦争を知らない人が増えているので、多くの人に戦争の怖さを知ってほしい」と話していました。

続きを読む

空襲71周年 恒久平和誓う 長岡市

1945年8月1日の空襲で1500人近い死亡者が出た新潟県長岡市で1日、市主催の平和祈念式典が今年も行われ、1400人が参加しました。式典後、市内の明治公園に全国初となる空襲爆撃中心点の碑が建立され、除幕されました。(しんぶん「赤旗」8月1日付)          爆撃中心点の「碑」建立   同市は、1984年に「非核平和都市宣言」を議決し、昨年8月1日を「長岡市恒久平和の日」と議決。7月には市役所正面に「非核平和都市宣言」の大表示板を設置しました。  式典で森民夫市長は「今年、空襲投下中心点に碑を設置した。体験者が年々減り、体験談を直接聞く機会が少なくなっているなか、史実を正確に残し、次世代に伝えることが大切。今後も世界の恒久平和の実現に向けて取り組んでいくことを誓う」と述べました。  中学生が非核平和都市宣言文を朗読。市内の小学生が作った折り鶴が、広島平和記念式に派遣される中学生に委託されました。  市戦災史料館の説明では、当時B29(アメリカの大型爆撃機)がどの都市にも住宅密集地に直接2.4キロの円を描き、その中心点に爆撃。空襲都市の中心点には、現在は交差点やビルなどが多いことから、長岡市は明治公園になっている中心点に碑を建立したものです。 【写真】下 空襲爆撃中心点の碑の除幕をした森市長。(右から3人目)ら=1日、新潟県長岡市

続きを読む

「空襲の記憶つなぐ」 愛知県岡崎市

愛知県の岡崎市図書館交流プラザ2階で2日、「岡崎空襲と戦争 りぷら展」が始まり、100人以上が訪れました。9日まで開催。入場無料。(しんぶん「赤旗」4日付)  岡崎空襲は、1945年7月19日から20日にかけ、米軍の大規模な空襲によって281人が犠牲となり、7500戸以上が全半壊、3万人以上が被害にあいました。悲惨な戦争を繰り返さないために記憶を次の世代につなげようと、当時の新聞記事や写真など100点以上が展示されています。  今年で8年目になり、主催者の「岡崎空襲を記録する会」代表の香村克己さんは「毎年、夏休みの宿題で小中校生もたくさん見に来ます。戦争の記憶を語り継ぐためぜひ見てほしい」と話しました。  8日(月)午後1時半から「戦争体験を語る会」が同館301会議室で行われます。

続きを読む

「神を信じるものも~」 ルイ・アラゴン

ことしはフランスとスペインに人民戦線政府ができて80年にあたります。ファシズムや独裁に立ち向かう各国の人民は、立場の違いを超えて共同の目標のもとに行動する、統一戦線という知恵を生み出しました。(しんぶん「赤旗」・7月28火付「潮流」) ▼思想家の内田樹(たつる)さんは、参院選中の野党共闘への攻撃に対して「政治的立場の違う政党が限定的な政策の一致を足場に一時的な共闘関係を持ちうることは、民主主義の最もすぐれた点」と鋭く反論しました▼フランスの人民戦線は、「パンと自由と平和のための戦線」とよばれ、バカンスも獲得しました。第2次大戦が始まり、ドイツ軍に占領されると、思想・信条を超えてレジスタンス(抵抗運動)が展開されました▼その中で生まれた有名な合言葉が「神を信じる人も信じない人も」です。共産党員作家アラゴンが「バラと木犀草」と題した詩の中で繰り返しました。「神を信じたものも/信じなかったものも/ドイツ兵に囚われた・・・神を信じたものも/信じなかったものも/その足跡はかがやいていた・・・」(大島博光訳)▼詩の冒頭の献辞には、犠牲になった共産党員、王政主義者、カトリックの学生らの名を掲載。詩は、若者、キリスト者を勇気づけました。レジスタンスは、ナチスからの解放に大きく貢献し、いまも国家の顕彰の対象です▼私たちも先の参院選での共闘が、1+1が2以上の力を発揮することを体験しました、野党と市民の共闘は、政治を国民の手に取り戻すたたかいの産物です。大切に、大きく育てたい。 【注】ルイ・アラゴン(18…

続きを読む

孫娘の投書に 励まされ立つ 鈴木康吉

6日付の「若いこだま」欄に、遠くに住む孫娘の投書(下欄)が載った。中学校の前に参議院選挙ポスター掲示板があり、山添拓さんに「がんばれと心の中で応えんしました」とある。そして、「選挙年齢が引き下げられたので、私もはやく投票に行きたいなーとおもぅ手います」と頼もしい。(10日付「赤旗」読者欄)  舛添前知事の辞任問題について「中学生でもおかしいと思うことなのに、舛添さんはおかしいと思わなかったのでしょうか」と手厳しい。この問題を知事の辞職で終わりにするのではなく。もっともっと追及していってほしいです」とある。  あの泣き虫の、ちびっ子が、と驚くばかりである。今はすっかりノッポのおねえさんなのだ。  中1の子どもたちにも社会の動きがこんなふうに見えている。頼もしい若者たちが続々続いていることを実感し、「そうだ、今日もガンバロウ!」と孫に励まされて立ち上がった。(鈴木康吉ー74ー 東京江東区)

続きを読む

山添 拓さんと東京大空襲

日本共産党の山添拓参院東京選挙区候補は14日、江東区の東京大空襲・戦災資料センターを訪ね、作家で同センター館長の早乙女勝元氏と、空襲犠牲者や戦争法、日本国憲法などについて懇談しました。(4月15日付・しんぶん「赤旗」)      戦争 弱者の視点で見る      早乙女勝元館長と懇談   館内を案内した早乙女氏は、1945年3月19日のわずか2時間余りで10万人を超える人が亡くなったことを語り「戦争になれば民間人がどうなるのか、女性や子どもなど弱い立場の視点で見ていくことが大事です」と訴えました。  山添氏は、大きくうなずき「兵士の負傷や死亡が与える影響も大きいが戦争で犠牲になっているたくさんの民間人の存在を忘れてはいけませんね」。早乙女氏は「東京大空襲の犠牲者は10万人と区切りのいい言葉でかたづけられてしまうが、数字ではなく、そこに固有の人格と生活があったことを訴えたい」と話しました。  戦争法廃止の運動について山添氏が「安倍政権が戦争法を強行したことで、これまでのさまざまな悪法とのたたかいとは違った、かってない運動が広がっています」と語ると、早乙女氏は「一人ひとりが自発的に、何ができるか考えて立ち上がっている。『これはおかしい』と思う方がだれかと手をつなぎ、輪を広げることが大事です」。  安倍政権の憲法改悪の動きをめぐって、早乙女氏は「参院選の結果次第では、日本の平和主義が地に落ちる」と危惧を表明。山添氏は「安倍政権は国民が国家を縛る憲法の本質を反対に転換しようとし…

続きを読む

「慰霊の日」を前に 今沖縄では

6月は沖縄にとって特別な痛みを共有する月です。日米の激しい地上戦によって県民の4人に1人が犠牲になった沖縄戦。その6割近くが6月以降に命を落としているのです。(しんぶん「赤旗」6月7日付けー「潮流」)  沖縄本島に米軍が上陸した4月1日以降、住民を巻き込んだ戦闘は凄惨を極めました。5月末、ついに日本軍の司令部が置かれた首理に星条旗が掲げられます。事実上の決着。しかし泥沼の戦場は、さらに悲惨を増していきました▼南部彷徨。本土防衛のために持久戦を選んだ日本軍によって、住民たちは降り注ぐ米軍の砲弾と雨の中、行き場を失いさまよいます。NHKの沖縄戦全記録では、わずか1日で5500人が亡くなった日も▼県民の命を削りながら戦闘を引き延ばした日々。23日の「慰霊の日」をはじめ、沖縄の6月はその痛みがよみがえります。71年後の忘れらない月。沖縄では県議選がたたかわれ、またもや新基地建設ノーの民意が示されました▼元米海兵隊員が乱暴目的で女性を襲い、暴行を加えて遺体を捨てたと供述した事件。生々しい感情が渦巻く中、飲酒運転による衝突や大麻事件といった米兵、軍属の犯罪が相次ぎます。いくら綱紀粛正や防犯強化を叫んでも基地があるかぎり解決はしません▼安倍政権は相も変わらず「辺野古が唯一の解決策」とくり返しています。いまわしい記憶とともに地の奥までしみ込んだ沖縄の痛み。それは、米軍基地が居座る今も。悲しみと怒りの島に平和を取り戻すため、県議選の勝利を参院選へつなげたい。

続きを読む

参院選の勝利に向けたたかう 畑田重夫

一昨日(22日)のしんぶん「赤旗」の「読者の広場」を見て「思わず「オー」。それは、あの政治学界の重鎮畑田重夫さんがダイレクトに心情を訴えているからである。92歳になる畑田さん。老骨に鞭打ってのたたかう決意の表明は、たくましくもありすがすがしい。  「戦争ノー、平和であってこそ」という世論は日本社会に確実に根づいています。これはあらゆる世論調査によっても、うらづけられていることです。このこと自体、日本国憲法のもとでみんなでたたかってきたことの成果の反映です。  今年もすでにメーデー集会や憲法記念日の諸行事も終わり、いま平和大行進も始まっています。戦争法廃止を求める2000万署名運動もひきつづきとりくまれています。  これらの運動やたたかいのなかで蓄積されたエネルギーのすべてを集中・発揮すべき次の重要課題は6月5日投開票の沖縄県議選と7月の国政選挙での勝利をめざすことです。「オール沖縄」や、いま着実に進みつつある野党共闘の力を遺憾なく示すべきときです。  深刻な戦争体験をもつ老生も、体の動くかぎり皆さんとともにたたかい続けたいと思っています。

続きを読む

日本高齢者運動連絡会が総会

日本高齢者運動連絡会は16日、第25期総会を東京都内で開き、第30回日本高齢者大会(8月28日・29日、東京・大正大学など)を成功させることを確認しました。今年のメインテーマは「憲法をいかし 戦争法廃止を いまこそ人間らしく生きるために手をつなごう」です。    高齢者運動を⇒高齢期運動へ  現役世代も含め、誰もが高齢期に直面する課題に世代や階層を超えて取り組む運動への発展をめざし。名称を「日本高齢期運動連絡会」に変えることを決定しました。高齢者の命と暮らしの危機を突破するために、関連する市民・福祉組織に呼びかける「オール高齢期」運動の推進、地域連絡会の確立などを決めました。  藤谷恵三事務局長は、戦争法と社会保障改悪や貧困化の関連を明らかにした運動などを提起。「記念大会である東京大会成功へ全力を尽くそう」と呼びかけました。 【江東区高齢者集会】  http://38300902.at.webry.info/theme/270e86992e.html

続きを読む

詩人・永井和子 青山の無名戦士の墓に

日本の平和と民主主義、国民生活を守るために活動し、亡くなった人を追悼する「第69回解放運動無名戦士合葬追悼会」3月18日、東京都千代田区の日比谷公会堂で行われました。  今回新たに合葬されたのは、40歳から107歳までの1112人。合葬者の名前が一人ひとり読み上げられ、その中には、北海道・札幌市で、「詩の創作、平和、社会変革」の活動に、ひたむきだった永井和子(昨7月8日没)の名前も。これには長男の永井正己も参列。日本共産党からは、田村智子参議院議員が追悼の辞を述べ、参加者らは故人をしのび黙とうしました。  なお、合葬者名簿には旧知の今井栄一元江東区議会議員、江東区在住の歌人、作田きんさんの名前も見られ、静かに瞑目しました。  式終了後、参加者は港区の青山墓地の解放運動無名戦士墓前で墓前祭を行い、献花しました。 【注】3月19日付 しんぶん「赤旗」の記事

続きを読む

「沖縄で団結し 辺野古阻止を」 共産・不破氏が講演

共産党の不破哲三前議長(86)は16日、那覇市で講演し、沖縄県名護市辺野古への米軍新基地の建設阻止に向けて、夏の沖縄県議選と参院選での反対派候補勝利を訴えた。(東京新聞3月17日付「総合欄」)  「沖縄が一つに団結したときに、どんな壁も破れる。祖国復帰以来の歴史的闘争の勝利のために頑張ろう」と強調した。  講演後には、次期衆院選の小選挙区に関し、民主、維新両党が結成する「民進党」などと共闘するのが望ましいとの考えを記者団に示した。「参院選の成果を衆院選に生かすのは当たり前だ」と述べた。  講演では、辺野古に造られる施設は耐用年数が二百年あると指摘し、「子々孫々まで沖縄を基地体制で縛り上げる。日本の領土を半永久的に売り渡すことになる」と移設計画を批判。「辺野古の海を壊して、ジュゴンを蹴散らすのは考えられない」と力説した。不破氏は党社会科学研究所長、党の意思決定を主導する常任幹部会メンバーを務めている。 <メッセージ>(以下しんぶん「赤旗」)  ◆翁長雄志沖縄県知事  今後も「辺野古」に新基地を作らせない」という、変わらない沖縄の民意を示していきたい。 ◆呉屋守将(オール沖縄会議)  日本共産党が多くの国民の視点に立ち、一段と大きな役割を担ってほしい。

続きを読む