荻生徂徠 儒学者

荻生徂徠[おぎう・そらい](1666^1728)2月16日、この日生まれた儒学者。朱子学を排して古学に帰ろうとし、そのための古代の言語をよく研究した。役に立つ学問、「実学」を推進した。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  〔朱子の『通鑑綱目』〕にこれあり候歴代の人物の評判をよく覚え候て、評判いたし候分にては、悉皆(しっかい)覚え事にて人のうわさばかりに候。人のうわさをいたし候を学問と存じ候ゆえ、人柄のよき人も学問いたし候えば、人柄悪しくなり候こと多くござ候。  学問は飛耳長目(ひじちょうもく)の道と荀子(じゅんし)も申し候。この国にいて見ぬ異国の事をも承り候は、耳に翼できて飛びゆくごとく、今の世に生まれて数千載の昔の事を今日見るごとく存じ候ことは長目なりと申す事にて候。されば見聞広く事実に行きわたり候を学問と申す事に候ゆえ、学問は歴史に極まり候。(徂徠先生問聞書)

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内山鑑三 キリスト教思想家

内村鑑三[うちむらかんぞう](1861~1930)2月13日、この日生まれた明治・大正時代のキリスト教の代表的思想家。無教会主義を説いた。『余はいかにしてキリスト信徒となりしか』など(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  婦人を遇するの道は、観劇の袂を供するにあらず、錦綉玉帯(きんしゅうぎょくたい)を給するにあらず、婢(はしため)をしてこれに侍せしめて高貴の風をよそおわしむるにあらず。婦人を遇するの道は、男子みずから身をきよくして彼女の貞節にむくゆるにあり、費を節し家をととのえて彼女の心労(つかれ)をはぶくにあり。夫にこの心あらば、妻は喜んで貧をしのぶをうべし。彼とともに義のために迫害に堪えうるべし。婦人を遇するの道は、その高貴なる品性をはげますにあり、その賎劣なる虚栄心に訴うるにあらず。(独立短言)

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カント 常備軍全廃を

イマネエル・カント(1724~1804)2月12日、この日死んだドイツの大哲学者。形而上学の批判を課題とし、『純粋理性批判』によって、独自の批判哲学を完成した。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)     常備軍は時を追うて全廃さるべきである。     なぜかというならば、常備軍は常に武器をもって立ちうる用意ができているから、他国をして常に戦争の危惧を感ぜしめ、このようにして互いに他を刺戟して、無制限に軍備の優劣をきそうようにさせるのである。・・・・・・人を殺すため、あるいは人に殺されるために雇われるというようなことは、人間をたんなる機械や道具として他のもの「他の国」の手において使用することを意味すると思われる。これは私たち自身の人格における人間性の権利におそらく合致しえない。 (永久平和のために)

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日露戦争と平民新聞

日露戦争(1904~1905)明治37年2月8日、日露宣戦布告。当時この国はこの戦争を熱烈に支持したが、「平民新聞」だけは、あくまで反戦をとなえて屈しなかった。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  不忠と呼ぶ、可なり。国族と呼ぶ、可なり。もし戦争に謳歌せず、軍人に阿諛(あゆ)せざるをもって不忠と名づくんば、我らは甘んじて不忠たらん。もし戦争の悲惨、愚劣、損失を直言するをもって国族と名づくんば、我らは甘んじて国族たらん。  世は平和をとなうるを効果なしとす。しかも我らはただ一人の同志を得ば足る。今日一人を得、明日一人を得、三年、五年、十年、進んで止まず、我は必ず数千、数万の同志を得るの時あるを信ず。(平民新聞)

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クロポトキン 無政府主義

クロポトキン(1842~1921)2月8日、この日モスクワ郊外で死んだロシアの無政府主義者。公爵家に生まれ、シベリア探検をきっかけに社会主義運動に入った。主著『相互扶助論』(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  革命はごくそのはじまりから「虐げられ圧迫された者」にたいして、正義の行為でなければならないもので、将来になされた償(つぐな)いの約束ではないのである。・・・・・・それを不幸なことには、よく指導者たちは戦術といったような目さきの問題にばかり気をとられて、その大切な目的を忘れてしまうのである。新しい時代が本当に始まったということを、大衆にわからせられないような革命家は、その計画にかならず失敗することはうけ合いである。(一革命家の思い出)  革命を成功させるのは希望であって、絶望ではにのだ。(同 上)

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唐 寅 明代の画家

唐 寅[とう・いん](1470~1523)2月4日、この日、蘇州に生まれた明代屈指の画家。また詩、文,歌曲にも秀でる。天才的な芸術家肌の風流人。放逸で耽美的な生活を送った。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  私は奇矯(ききょう)なことをやり、でたらめなことを言って、掟(おきて)ならば追放せらるべき人間です。そのことはよく心得ています。しかし、山に住むカササギは日暮に叫び、林に住むミサゴは夜に眠り、胡(えびす)の鷹は吹く西風に翼をあげ、越(えつ)の鳥は南側の枝に巣を作るとやら、それぞれに本性がちがう以上、その生態も各様です。天地造化の跡(あと)は一様ならず、米を作るのは百姓、はたを織るのは女というわけです。二十年もの御交際をいただきましたが,ご覧のごとき人間、いつも御機嫌を損じました。しかし牛の角(つの)はおとなしく、羊の角は突っかかるもの。どうか悪しからず。(文徴明への返書)

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エリス 心理学者

エリス(1859~1939)2月2日、この日生まれたイギリスの心理学者。医学、文学の領域ですぐれた仕事をしたのも、ひろい知識を集めて性の科学的研究に向かった。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  男よりも女の方が人間の理想のタイプをあらわしている、ということを考えれば、女の保守性ということもうなずける。・・・・・・文明の全過程をとおして、男は女のあとを追い、女のはじめた仕事をひきつづきやってきたのである。未明時代、野蛮時代はふつう好戦的であり、つまりそれは性格としては男性的なのである。  いっぽう、近代文明はしだいに産業を主とするようになっており、そして産業的とは、性格からいえば女性的なのだ。もろもろの産業は、もともと、女のものであり、だから産業の力は、しだいに男を女に似たものにしているのである。(男と女)

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孫子 兵法の祖

孫子[そんし](B.C.380-320)中国の戦国時代に兵法を各方面から説き、兵法の祖といわれる。自分とともに相手をも損傷しないことを理想としている。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  戦わずして相手を降伏させるのが、最上の兵法である。相手をうち破って勝つのは次善のものでしかない。それ故に、「百戦百勝」を最善と言うことはできない。智によって勝つのが第一、威によって勝つのが第二、武器を用いるのは第三、城を攻めるのは最下の策である。  攻城戦は万やむを得ない時にのみする。その時は攻城用の諸道具や設備を十分に用意しなければならない。それには六ヶ月を要する。もし将軍が怒りにまかせて用意もなく攻め、兵を城壁に肉薄せしめ、三分の一を死なせtれ、なお陥落しない時には、天罰を受ける。 (謀攻篇)

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ドストイエフスキー 作家

ドストイエフスキー(1821~1881)1月28日、この日ペテルブルグで死んだロシアの作家。流刑後、都会インテリゲンチャの複雑な意識の深みを追及する長編を発表。『カラマーゾフの兄弟』(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編) ▼ウイキペディアより  何よりもまず自分で自分をおどかすようなことをしてはいけない。つまり「たった一人じゃ戦争はできぬ」などといわないことである。心底から真理を獲得しようと思い立ったものは、誰でも、すでに非常に強力なものとなったのである。・・・・・・幻滅の泣言などは愚の骨頂である。しだいに高くそびえてゆく建物を見た喜びは、たとえ今までのところその建物にわずか一粒の砂を運んだにすぎない人でも、必ずや心の渇きをいやしてくれるはずである。(作業の日記)

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フイヒテ 哲学者

フイヒテ(1762^1814)1月27日、この日死んだドイツ理想主義の哲学者。当時、フランス軍の占領下にあったドイツ民衆の愛国的感情を鼓舞した。『全知識学の基礎』(岩名新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  独立を失った国は、同時に時代の潮流にあずかる能力、時代潮流の内容を自由に規制する能力をも失ったものである。このような国は、もはや独自の存在を許されず、他の民族や国々などの事件や時代区分に従って、自国の紀年を定めなければならなくなる。このようなありさまでは、従来の世界に自力で参加することなど高嶺の花となり、ただ、他国に追随するだけとなる。こういう状態からふたたび奮起するには、新しい一世界が開けてきて、その国自身の一新紀元をつくり、その世界を築きあげつつ、新時代の内容を充実させてゆくよりほかに道はない。 (ドイツ国民に告ぐ)

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植木枝盛 自由民権

植木枝盛[うえき・えもり]81857~1892)1月20日、この日高知に生まれる。自由民権運動家。板垣退助と協力し、自由党の指導的理論家として、明快平易な筆でジャーナリズムに活躍した。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  人民が無気無力にて、すこしも自由独立の精神なく、そのうえ徒らに自分一人一家の事のみこれ知って、国家公けの事の上には一向心を向けることなく、何にもかも一つに政府に委ねまかし、自分に受持つ気象がなければ、その国は弱み衰えざるということはありません。さればあのように専制の政府で、勝手気ままな政をなし・・・・・・民の権利を重んぜず、圧制束縛もって人民の屈従するのみこれ図り、徒らに政府の・・・・・・威光十分に輝きたるもののごときは・・・・・・決してほんまの強きにあらず、盛なるにあらず、ただ民の力を弱めたるのみの事なり。(民権自由論)

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プーシキン ロシア文学

プーシキン(1799~1837)1月10日、この日決闘に倒れた。激しい感情と民衆的な美しい言葉で、ロシア近代国民文学」の父となった。革新思想の持ち主。主著『オネーギン』『大尉の娘』『プーシキン詩集』(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編) われらの胸に自由がもえて 心がほまれに生きるかぎりは 友よ 祖国にささげよう われらの若いたましいの うつくしいほとばしりを 友よ 信ぜよ やがてこよなき幸の 星のかがやきのぼることを そしてロシアは夢からめざめ うち砕かれた専制政治のなごりの上に われらの名前の書かれることを!           (チャダーエフ)

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ニュートン 大科学者

アイザック・ニュートン(1643~1727)1月4日、この日生まれたイギリスの大科学者。万有引力、光の分析、微積分法を発見して、近代の物理・数学・天文学の基礎をきずいた。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編  自然哲学〔自然科学〕は、自然の枠とはたらきとを発見し、それらを可能なかぎり一般的な規則または法則に還元すること・・・・・・これらの規則を観察と実験によって確立し、そこから事物の原因および結果をひきだすこと、のうちに存する。(王立協会設立試案)    わたしは自分が世間の眼に、どのようにみえるかは知らない。しかい、わたし自身の眼には、「真理」の大洋がわたしのまえに未発見のまま横たわっているとき、海岸でたわむれつつ、ときどき普通のよりも一そうなめらかな小石、または一そうきれいな貝がらを見つけて、うち興じている少年に似ていたように思える。

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顔之推 南北朝の学者

顔之推[がんしすい](531~602)南北朝時代の学者。儒教と仏教との調和を試みた。『顔氏家訓』は、人間いかに生くべきかを家族中心の立場から述べた。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  人間の足がふむ広さは、わずか数寸にすぎないのに、一尺もある路で、きまって崖からつまずいて落ちるし、ひとかかえもあ丸木橋で、かならず川に落ちておぼれるというのは、なぜか、そのかたわらに余地がないからである。君子が世に立って行く場合も、まったく同じこと、真実のこもったことばも、人に信用してもらえず、天地に恥じぬ行いも、人から疑われることもある。みな、自己の現行・名声に余地がないためである。私は人からそしりを受けたとき、いつも、この点について自己反省した。(『顔氏家訓』名実編)

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ウイルソン 米大統領

ウイルソン(1856~1924)12月29日、この日アメリカのスタウントンに生まれる。理想主義的な学者で、第28代大統領。民主党。第一次大戦に参戦。戦後処理にも活躍した。(岩波新書・「一日一言」ー人類の知恵ー桑原武夫編) ▼ウイルソン(ウイキペディアより)  民族は上からではなく、下から更新される。無名の人びとの中から出現する天才こそ、人民の若さと精力とを更新する天才だ。・・・・・・人生の真の知恵は、常人の経験から合成される。人生の効用、活力、結実は上から下へくだるのではない。それは、大木の自然な成長のように、大地から出て、幹をとおって江田へ、さらに葉や実へとのぼってゆく。あらゆるものの土台にある。偉大な、戦っている、無名な大衆こそ、社会の水準をあげてゆく動的な力である。民族は、その兵卒とおなじだけ、ただそれだけ偉大なのである。(新しき自由)

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岡倉天心 美術評論

岡倉天心(1862~1913)12月26日、この日横浜に生まれた美術批評家。東京美術学校長をつとめ、日米美術院を設立するなど、明治美術の父と称せられる。主著『日本の目覚め』『茶の本』(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  アジアは一つだ。ヒマラヤ山脈は、二つの強力な文明・・・・・・孔子の共同主義のシナ文明と、ヴェーダの個人主義のインド文明とを、ただこれを強調せんがために分つ。しかしながら、この雪の障壁をもってしても、あの究極と普遍とに体する広い愛の拡がりを、ただの一時もさえぎることはできないのだ。この愛こそは、彼らに、世界のすべての大宗教を生み出すことを得させたものなのだ。(東洋の理想)

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キリスト NOEL

キリスト(B.C.4頃ーA.D.29頃)12月25日、この日ユダヤのベツレヘムに生まる。30歳頃から福音を説き、3年後十字架にかかったが、復活したとされる。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編) こころの貧しい人たちは、さいわいである、  天国は彼らのものである。 悲しんでいる人たちは、さいわいである、  彼らは慰められであろう。 義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、  彼らは飽きたりるようになるであろう。 平和をつくりだす人たちは、さいわいである、  彼らは神の子と呼ばれるであろう。   義のために迫害されてきた人たちは、   さいわいである。   天国は彼らのものである。    (山上の垂訓)  

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扁鵲 戦国時代の名医

扁鵲[へんじゃく](B.C。643頃)中国では古来、名医をつねに扁鵲とよぶ。『史記』にしるす扁鵲は、戦国時代の鄭(てい)国の人。名医の中の名医として神格化されている。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  扁鵲が斉の垣候にお目通りした時にいった。「御病気が筋にあります。早く治療しなさい。」  五日たった。「御病気が血脈にあります。」  また五日たった。「御病気が胃腸にあります。」  垣候はこの忠告をすべて聞き入れなかった。  それから五日の後、扁鵲は垣候を遠くから見ただけで、退出してしまった。「病気が筋にある時は貼り薬でなおせる。血脈にある時はハリでなおせる。胃腸にある時は飲み薬でなおせる。骨髄に来ては、生命をつかさどる神さまでも手の下しようがない。それ故に、私は何も申し上げなかったのであう。」(『史記』扁鵲伝)

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サンタヤナ 哲学者

ジョージ・サンタヤナ(1863^1952)12月16日、この日生まれたアメリカの詩人的哲学者。文学者としても有名だった。神秘主義的な清教徒的良心によって国民的人気をもつ。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編) サンタヤナの老父が長姉スザンナの俗化を嘆き皮肉ったとき、父の皮肉に真実を認めながらも彼は言った。  しかし、父の言葉には、仁の精神がなかった。仁の精神というものは、外形的なもの・・・・・・たとえば事業だとか、言葉だとか、肉体だとか・・・・・・をもって、人を値ぶみすることをしない。なぜなら、これら外形的なものというのは、いずれも、人生の航路で難船した、人の魂の破片にすぎないからである。不可避的な悲劇のなかにおいて、魂がどのような光と愛を注ぎこんだかによってこそ、仁の精神は人をとらえるのである。(人と所)

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ミルトン イギリス詩人

ジョン・ミルトン(1608~1674)12月9日、この日ロンドンに生まれた大叙事詩詩人。信教徒革命に共和派に身を投じたが、王政復古後失脚、失意のうちに『失楽園』をかく。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  他のすべての自由以上に、知り、発表し、良心に従って自由に論議する自由を我に与えよ。人が議論によって勝敗を決してくれるのを待つときに、こっそりかくれた、相手がぜひ通らなければならない検閲の狭い橋をふさぐというのは、兵法では恥にならぬのかもしれぬが、真理の戦いにおいては腰抜け・卑怯のふるまいだ。というのは、誰も知るように、真理は全能の神について強いからである。真理を勝たすためには、政策も戦略も検閲も必要ではない。・・・・・・真理のためにただ場所を与えよ、そして眠っているときに真理をしばるな。 (言論の自由)

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一休和尚 臨済宗

一 休(1394-1481)11月27日、この日死んだ室町末期の臨済宗の僧。京都、大徳寺の住持であった。書画、詩、狂歌にたくみで、諸国を漫遊し、奇行をもって世人をおしえた。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)     名言集から 門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり  めでたくもなし 世の中は 食うて はこして 寝て起きて さてその後は死ぬるばかりよ うまれては 死ぬるなり 釈迦も達磨も  猫も杓子も この道は行けば どうなるものか 危ぶむなかれ 危ぶむめば道はなし 迷わずに行けよ、行けば分るよ

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アンドレ・ジッド 作家

アンドレ・ジッド(1869~1951)11月22日、この日パリに生まれる。世間の誤解を恐れず、彼一流の誠実さで生きて、20世紀の前半に多くの名作を残した作家。ノーベル賞を受賞。『狭き門』『背徳者』  改造すべきは、たんに世界だけでなく、人間だ。その新しい人間は、どこから現われるのか? それは外部からでは決してない。友よ、それをお前自身のうちに見出すことを知れ。しかも鉱石から滓(かす)のない金属をとるように、この待望の新しい人間に、お前みずからなろうとせよ。お前からそれを得よ。お前があるところのものに敢えてなれ。いいかげんで安心するな。各人のなかには、驚くべき可能性があるのだ。お前の力とお前の若さを信ぜよ。たえずいいつづけることを忘れるな。「ぼく次第でどうにでもなるのだ」と。(新しき糧)

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ヴォルテール 哲学者

ヴォルテール(1694~1778)11月21日、この日パリに生まれた。フランスの啓蒙主義の代表的な哲学者、文学者。ヒューマニズムの立場から、するどい皮肉で、社会の悪と戦った。『カンディード』(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編) ●人間は言うことが無くなると、必ず悪口をいう ●君の意見に賛成できないが、君が意見を述べる権利は死んでも守る。 ●幸福は夢にすぎず、苦痛は現実である。 ●汝の幸せは他人の幸せによって作れ。 写真⇒ヴォルテールの20歳代、ウイキペディアより

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ロダン 彫刻家

ロダン(1840~1917)11月17日、この日死んだフランスの彫刻家。ルネッサンス以後の第一人者。近代彫刻は彼の出現によって新しい世界がひらかれた。代表作は『カレーの市民』『接吻』。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)    名  言 芸術に独創はいらない 生命が要る独創というものは 一般世人の言う意味で 偉大な芸術には存在しません 本当の才能に行きつく 辛抱のない芸術家は 真実を外にして 題目や形の気まぐれなもの 変なものを探します それが世人の独創と 称しているものです

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ピカソ 恋人たち

パブロ・ピカソ(1881~1973)10月25日、スペインに生まれた現代絵画の巨人。フランスにすみ、古典主義から超現実主義まで、あらゆる手法を生かしてつねに独自の世界をひらく。これは中期の新古典的な明るい作品。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)

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コンスタン 文学者

コンスタン(1767~1830)10月23日、この日生まれたフランスの文学者。ドイツ留学中、スタール夫人を知り、自由主義の政治家としても活動した。恋愛心理を冷静に分析した小説『アドルフ』の名作がある。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編) ▼ウイキペディアより  つぎつぎに生まれ、反駁され、修正されたさまざまの思想体系のうちで、ただ一つのものがわれわれの個人的および社会的存在のナゾを解いてくれるように、私には思われる。ただ一つのものがわれわれの労働に目標をあたえ、われわれを不確実の中に支え、失意からひきおこしてくれるように思われる。この思想とは、人類進歩のそれである。人類の漸進的完成ということのみが、世代と世代のあいだのコミュニケイションをうちたてる。世代と世代がたがいに知らずして豊かにしあえる。・・・・・・自由と正義の友は、自己のもっとも貴重な部分をきたるべき世紀におくりものする。

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エディソン 発明家

エディソン(1847~1931)10月18日、この日アメリカのウェスト・オレンジで死す。電信・電話の改良、蓄音器・電灯・活動写真など発明が多く、「発明王」とよばれた。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  天才とは、天があたえる一パーセントの「霊感」(インスピレーション)と、彼がながす「流汗」(パースピレーション)の九九パーセントから成るものである。 (彼のモットー)    ひとが七十歳になって日をすごすのを困難と感ずるようになれば、それはその人が、頭脳の活動的な青春時代に、興味を感ずべきはずの無数の事物を閑却していた証拠である。・・・・・・七十歳になって隠居する人は、まあ、三年もたぬ内に死ぬ覚悟でおらねばならない。 (七十歳誕生日の新聞記者とのインタビュー)

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阿修羅像 奈良時代

阿修羅像 奈良時代 興福寺にある「天竜八部衆」すなわち仏法を守護する鬼神像の一つ。三つの顔、六本の腕を持つが、この乾漆像では愛すべき人間らしさを示している。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)

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ワイルド 英・文学者

オスカー・ワイルド(1841~1868)10月15日、この日生まれのイギリスの文学者。唯美派の首領。退廃的生活の下にやさしい心を秘めていた。『サロメ』『ドリアン・グレイの画像』。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  私有財産の廃止により、真の、美しい、健全な個性があらわれる。物や、物の象徴[貨幣]を蓄積するために、一生を浪費する人はなくなろう。人は、生活することになるだろう。生活するとは、この世で一番まれなことなのだ。たいていの人存在しているだけなのだ。・・・・・・現代の世界は、苦しみから、また苦しみにもとづく悩みから脱却したいと望んでいる。現代は、その方法を社会主義と科学とに頼っている。現代の目的は、個性が歓喜をとおして、自己を表現することだ。この個性は、在来のどんな個性よりも、さらに大きく、豊かで、美しくなろう。 (社会主義下の人間の魂)

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春秋左氏伝 年代記

春 秋[しゅんじゅう](B.C.607)春秋は年代記。中国古代の歴史家は、事件の奥底に目を通して、責任の真実の所在を極めることに努力し、いわyる「春秋の筆法」である。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  晋(しん)の霊公が無法な行為をかさねた。趙盾(ちょうとん)が諌めたが、かえって殺されそうになった。彼は亡命した。しかし、彼がまた国境を越えていない時に、趙穿(ちょうせん)というものが麗公を殺してしまった。趙盾は亡命をやめて、ひき返して来て、政務をとった。  史官は、「趙盾が国を殺す」と国史に書いた。趙盾の抗議に、史官が答えた。「貴殿は晋国の正郷である。それ故に、亡命の途中とはいえ、まだ国内にいたからには、そして帰って来た後にも叛逆者を討ちとらないからには、責任はすべて貴殿が負うべきではないか。」(春秋左氏殿)

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