石川啄木 4月13日 死す

 石川啄木(1885~1912)、この日28歳の若さで死んだ文学者。貧乏と孤独のなかで苦しみながら、新しい国民的発想の文学をつくり、のち社会主義者と自覚した。(岩波新書・「一日一言」桑原武夫編)  私の胸底からこみ上げてきてのどをつまらせ、くちびるをふるわせるのは、あの石川啄木の「悲しみの玩具」のなかの一首である。    友も妻も悲しと思ふらし・・・・・・   病みても猶 革命のこと 口に絶たねば   復唱するにつれ、私はくちごもりはじめ、いつの間二カ、この三行目は自余りして、「革命のこと、平和のこと、口に絶たねば」と唱えているのが常である。(畏友・谷中敦君の遺文から)

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4月8日 この日釈迦生まれる

 この日インドのカピラ城主の子として生まれ、29歳から世を捨て修業した佛教の開祖。彼の教えは自己伸長、自己克服である。(岩波新書・「一日一言」)P61  一切の国々に赴け。そしてこの福音を説け。貧しきもの卑しきものも、富めるものも位高きものも、すべて一なることを、すべての種姓(カースト)はこの教えのなかに統合せらるることを、人に告げよ。  勝利は憎悪をはぐくむ。被征服者は不幸であるから戦いにおいて、一人が千人に打勝つこともある。しかし自己に打勝つ者こそ、最も偉大なる勝利者である。

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3・1朝鮮独立運動 100周年

 この日(1919年3月1日)京城(現ソウル)で独立宣言が発表された。あれから100年。50万人の大示威行進が行われ、これより朝鮮全土に独立運動が拡がり、解放運動史上の画期的な日となった。 【注】写真は米国フィラデルフィアでのデモ。(岩波 「一日一言」より

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イマヌエル・カント 『永遠の平和のために』

 カント(1724~1804)年この日死んだドイツの大哲学者。形而上学の批判を課題とし『純粋理性批判』によって、独自の批判哲学を完成した。著書の『永遠の平和のために』は、第一次世界大戦の「国際連盟」(1920年)創設に影響を与えた。    常備軍は時とともに全廃されるべきである。・・・・・・さらに常備軍について考えねばならぬことは、殺すために、あるいは殺されるために雇われるというのは、人間がほかのものの手で(たとえそれが国家であるとしても)単なる機械や装具として使用されることを含んでいるように思われるということである。しかし、そのような使用は我々の人格がもつ人間性の権利と一致するはずがないのである。 ■「平和のための名言集」(大和書房)-P48ーより。

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太宰春台 「一日一言」

太宰春台(だざいしゅんだい=1680~1747)この日江戸で死んだ信濃飯田出身の儒学者。荻生徂徠に師事し、宋学と孟子を排撃し、また仏教批判をこころみた。『聖学問答』など。(岩波新書・「一日一言ー人類の智慧ー桑原武夫編)  古くよりそうじて、位高き人に、ものの上手はなきものにて、上手はいつも賎しき者に出来るなり。歌の道にても、人丸、赤人は貴人にあらず。『古今集』を選びたる人びとも・・・・・・皆、地下(じげ)の賎しき者どもなり。この輩みな歌道に達せし故に、選集の勅をうけたり。歌の盛なりし時だに、高位の人には、達者まれなり。いわんや、今の世、歌道衰微の時に、公家の高位の人に何として上手あるべき。我に限りなきが故に、公家の名家にて、歌所(うたどころ)と定められたる人をば、必ず上手とおもいて、その添削批判を受くるは、あさましき事なり。(独語)

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歴史に見る3月 人々の生と死

本ブログでも取り上げてきた桑原武夫さん編集になる「一日一言」(人類の知恵)の中から3月の5人をまとめてみた。3月は31日、したがって、31人から5人を選択したのはアクセス数の多い人物、そして僕の好きな言葉を基準とした。 ●4日 生  有島武夫 ●13日 死  原 民喜 ●15日 死  カエサル ●22日 死  ゲーテ ●25日 生  樋口一葉   桑原武夫さんの言葉  <一日一言のはしがき>    人間の尊ぶべきは、その行為にある、というのは、あくまで正しい。しかし、人間は言語というものをもっており、これによって自己の行為を他の人々の行為に結びつけ、そこに協力の可能性を生み出すのみでなく、自らなすべき、または、なした行為を、これによって考慮し、また反省するのである。  言語に支えられぬ人間行為はありえない。そして言語をもつ人類のみが歴史をもち、その歴史は、人類文化の各分野において偉大な行為をなしえた人々の言葉によって飾られている。 ◆桑原武夫 1904年 福井県に生まれる 1928年 京都大学文学部卒業 1988没 専攻ー仏文学 著書ー「文学入門」「ルソー研究」ほか訳書多数。 【一日一言】 http://38300902.at.webry.info/theme/c8962dfd44.html

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釈 迦 「一日一言」

釈 迦(B.C566?~486?)4月8日、この日インドのカピラ城主の子として生まれ、29歳から世を捨て修行した仏教の開祖。彼の教えは自己伸長、自己克服である・(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  勝利は憎悪をはぐくむ。被征服者は不幸であるから。戦いにおいて、一人が千人に打ち勝つこともある。しかし自己に打ち勝つ者こそ、最も偉大な勝利者である。(ネルー『インドの発見』) ◆過去を追うな。未来を願うな。過去はすでに捨てられた。未来はまだやって来ない。だから現在のことがらを、現在においてよく観察し、揺らぐことなく動ずることなく、よく見きわめて実行せよ。

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吉野作造 一日一言

吉野作造(1878~1933)3月18日、この日死す。東大の政治学教授。大正時代の民本主義運動の理論的指導者。普選の実行。政治の民衆化のためにたたかった。晩年『明治文化全集』を編纂。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武異編)  何よりも第一に現時の学生に対して希望したときは、真理に対する従順な態度です。真理を求めてこれを我が主帳とし、我が主義とせんとする熱情はなかなか盛です。しかし一たん何物かを真理と思い込んだが最後、彼らは盲目となるのが常です。故に外により正しいものがあると教うるものがあっても、これに耳を傾けません。学生の真理探究の態度は多情でなくてはなりません。無節操でなくてはなりません。無節操といっては誤解をまねくかも知れませんが、常により正しからんとして、いつでも態度を改めうるよう用意していなくてはなりません。(学生に対する希望)

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「一日一言」 原 民喜

原 民喜[はら たみき](1905~1951)3月13日、この日、国鉄吉祥寺・西荻窪間で鉄道自殺。45歳。きわめてこまやかな感覚で美しい短詩を書いた。故郷の広島で原爆にあい、その重圧に耐えきれなかった。代表作に『夏の花』慶應英文科卒。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)        感  涙    まねごとの祈り終にまことと化するまで、  つみかさなる苦悩にむかひ合掌する  指の間のもれてゆくかすかなるものよ、  少年の日にもかく涙ぐみしを。  おんみによって鍛え上げられん、  はてのはてまで射ぬき射とめん、  両頬をつやふ波だ 水晶となり  ものみな消え去り あらはなるまで。                       (原 民喜詩集)

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ゴーゴリ 死せる魂

ゴーゴリ(1809~1852)3月9日、この日小ロシアの子に生まれた小説家。濃奴制下のロシア社会の悲惨を描  き出したレアリストの代表者。『外套』『死せる魂』、『喜劇〕『検察官』。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  ああ、ロシアよ、お前もあの、どうしても追いつくことのできない三頭馬車(トロイカ)のように、ずんずん走って行くのではないか? お前の駆けて行く道からは、煙のように埃がまいあがり、橋がとどろき、何もかもが後へ後へと取り残されてゆく! まのあたりに、この不思議な神業を目撃した人は、これは天からひらめいた稲妻ではないかと、茫然として立ちすくんでしまう。・・・・・・ロシアは、地上のありとあらゆるものを追い越して飛んでゆく。横目でそれを眺めながら、もろもろの他の国民と国家とは、かたわらへ寄って彼女に道をゆずるのである。 (死せる魂)

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歴史にみる3月 人々の生と死

2003年ごろ、僕が年金者組合に入会し、編集部担当になったころ、まだ若かった(?)のか気合いを入れて作り続けた「政策・宣伝資料」の中の1枚である。日付は2003年3月5日(NO.26)。紙面はトップに「一日一言」(岩波新書)から三月の名言を引用、レイアウトしている。 ▼「一日一言」(岩波新書)  トップは「歴史にみる3月 人々の生と死」と題して、岩波新書の「一日一言」から有島武夫ほか5人の名言を引用し、左端にも所蔵の書籍のなからジョージ・サンタャーナの至言・「過去に学ばぬ者は、それ(過去)を繰り返すよう運命づけられる」を配した。<資料>⑱は、プロフィンテルンの社会保険ついての結語の一部である。連続30回に及ぶ大作なので折をみて全文を紹介しよう。 【追記】手元にある「一日一言」(桑原武夫編)の奥付をみると昭和31(1956)年12月刊行とある。確か三田界隈の本屋で購入した。思えば翌年卒業とあって、卒論作成に苦汁の毎日を重ねている時に本書をひもとき、古今東西の名言に出会い、安らぎを覚えたことが思いだされる。あれから50数年、手元の本書はもうボロボロ、だが、小生は溌剌?・・・。

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D・H ローレンス 一日一言

ローレンス(1885~1930)3月2日、この日死んだイギリスの作家。人間の真の幸福は精神と肉体との調和と一致にあると考え、性の問題を真剣に追求した。『虹』。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  私は、男も女もが、性の問題を十分に、徹底的に、誠実に、そして健全に考えるようになることを望むものである。・・・・・・何も書いてない頁のように純白な処女などというものは、愚劣な作りごとにすぎない。若い女や若い男は、性的な感情や思想の混沌たる塊。しかも悩みの塊であって、これが解決されるのは時間の経過にまつほかはない。性的な問題について、長年の間は誠実に考え、長年のあいだその解決を求めて、辛苦して行動した後に、われわれははじめて、真実の純潔と満足に到達するのである。(『チャタレー夫人の恋人』序文)

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菅原道真 一日一言

菅原道真[すがわら・みちざね](845~903)2月25日、この日、九州の太宰府で死んだ。和漢の学に通じた平安朝の代表的文学者。右大臣になったが藤原氏に憎まれて左遷された。天満宮は彼をまつる。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  送春不用動舟車 唯別残鶯與落花  若使韶光知我意 今宵旅宿在詩家    (春を送るに船車を動かすを用いず ただ残鶯と落花と別るるのみ もし韶光〔春の光〕をして我が意を知らしめば今宵の旅宿は詩家〔詩人である私の家〕にあらん)  こちふかば にほい起こせよ 梅の花  あるじなしとて 春をわするな  君がすむ やどのこずゑを ゆくゆくと  角るるまでもかへりみしかな 【注】江東区の亀戸天神(菅原道真をまつる)は今、「梅まつり」(2月9日~3月10日)を開催中。現在の梅の開花状況は厳冬のせいか写真のよう。(2・20現在)

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サッポオ 一日一言

サッポオ(B.C.610頃)古代ギリシアの女流詩人。レスポス島の少女に歌や舞を教え、アプロディテの祭りをつかさどった。プラトンに影響をあたえる。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  さながらに 紅(あか)のりんごの  色づいて みづ枝に高く  いと高い こずえに高く。  つむ人の はて見おとしか  いや見落とせばこそ  かいなとどかぬ  その紅りんご  死ぬのは わるいこと  神さまたちも そうきめて いらっしゃる  さもなくばみんな 死なれたろうはず

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没後80年 小林多喜二

小林多喜二[こばやし たきじ](1903~1933)2月20日、この日特高警察の拷問によって殺された。今年は没後80年、生誕110年でもある。プロレタリア作家として活躍し、作家同盟書記長となる。代表作『蟹工船』『党生活者』など。(大和書房・「平和のための名言」ー早乙女勝元編)  帝国軍艦だなんて、大きな事を云ったって大金持ちの手先でねえか、国民の味方? をかしいや、糞喰へだ!                                 小林多喜二 『蟹工船』(新潮文庫)  小樽高商卒業後、銀行に就職、学生時代から志賀直哉に傾倒。1928年『一九二八年三月十五日」を発表。官権の残酷な拷問の実態を告発。29年『蟹工船』では、北洋漁業の苛酷な労働に従事する貧しい労働者たちのストライキを帝国海軍駆逐艦の水兵たちが弾圧するさまを描く、31年共産党に入党。33年逮捕されたその日に拷問によって虐殺された。  没後80年 多喜二の文学を語る集い  左掲のように3月10日(日)、池袋の「みらい座」で小林多喜二の没後80年を記念して「つどい」が開かれます。これには米倉斉加年さんらの講演とともに歌手の佐藤真子さんが「ピアノ弾き語り」で出演します。曲目は「小林多喜二を追悼する歌」と「君死にたまふことなかれ」ほか、となっています。  ご存じのように両曲ともに女性作曲家として当時、知る人ぞ知る吉田隆子さんによるもので、佐藤真子さんがライフワークとして、コンサートなどで歌います。この集…

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「平和のための名言」 カント

イマヌエル・カント(1724~1804)2月12日、この日死んだドイツの哲学者。ドイツ理想主義哲学はカントに始まりヘーゲルに至る。カントはイギリス経験論と大陸合理論を統合する批判哲学を樹立した。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)   常備軍は時とともに全廃されるべきである。・・・・・・さらに常備軍について考えなければならぬことは、殺すために、あるいは殺されるために雇われるというのは、人間がほかのものの手で(たとえそれが国家であるとしても)単なる機械や道具として使用されることを含んでいるように思われるということである。そいかし、そのような使用は我々の人格がもつ人間性の権利と一致するはずがないのである。         イマヌエル・カント『永遠平和のために』       (「世界の大思想⑪」河出書房新社)    主著に『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』『道徳形而上学原論』『永遠平和のために』がある。この『永遠平和のために』は、第一次世界大戦後の「国際連盟」(1920年)創設に影響を与えた。 【リンク】 http://38300902.at.webry.info/201002/article_17.html

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デカルト 一日一言

デカルト(1596~1650)2月11日、この日ストックホルムで死んだフランスの哲学者。精神の問題と物体の問題の問題とを切り離し、近代的哲学への道をひらいた先駆者。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  日常の生活行動というものは多くの場合すこしの猶予も許さぬから、どれが最も真実な意見であるかを識別する力が私どもに無いときには、蓋然性の最も多い意見に従わねばならぬ、ということがきわめて確かな真理である。進んでは、一の意見を他の意見に比べて、いずれにより多くの蓋然性があるかをまるで認められないにしても、いずれからの意見に自分を決着しなければならぬ。しかるのちは、この選ばれた意見を、それが実践に関するかぎりにおいては、もはや疑わしいものとしてではなく、きわめて真なるもの、きわめて確実なるものとして見なければならない。(方法序説)

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日露戦争 平民新聞

日露戦争開始(1904~1905)2月9日、この日、日露宣戦布告。当時わが国論はこの戦争を熱烈に支持したが、「平民新聞」だけは、あくまでも反戦をとなえて屈しなかった。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  不忠と呼ぶ、可なり。国族と呼ぶ、可なり。もし戦争に謳歌せず、軍人に阿諛(あゆ)せざるをもって不忠と名づくべくんば、我らは甘んじて不忠たらん。もし戦争の悲惨、愚劣、損失を直言するをもって国賊と名づくべくんば、我らは甘んじて国賊たらん。  世は平和をとなうるを効果なしとす。しかも我らはただ一人の同志を得ば足る。今日一人を得、明日一人を得、三年、五年、十年、進んで止まらず、我は必ず数千、数万の同志を得るの時あるを信ず。(平民新聞)

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クロポトキン 一日一言

クロポトキン(1842~1921)2月8日、この日モスクワ郊外で死んだロシアの無政府主義者。公爵家に生まれ、シベリア探検をきっかけに社会主義運動に入った。主著『相互扶助論』『一革命家の思い出』。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  革命はごくそのはじまりから、「虐げられ圧迫された者」にたいして「正義の行為でなければならないもので、将来になされる償(つぐな)いの約束ではないのである。・・・・・・それでも不幸なことには、よく指導者たちは戦術といったような目さきの問題にばかり気をとられて、その大切な目的を忘れてしまうのである。新しい時代が本当に始まったということを、大衆にわからせられないような革命家は、その計画にかならず失敗することはうけ合いである。(一革命家の思い出)    革命を成功させるのは希望であって、絶望ではないのだ。(同 上)

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孫 子 一日一言

孫 子[そんし](B.C.380~320)中国の戦国時代に兵法を各方面から説き、兵法の祖と言われる。自分とともに相手をも損傷しないことを理想としている。(岩波新書・「壱日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  戦わずに相手を降伏させるのが、最上の兵法である。相手をうち破って勝つのは次善のものでしかない。それ故に、「百戦百勝」を最善と言うことはできない。智によって勝つのが第一、威によって勝つのが第二、武器を用いるのは第三、城を攻めるのは最下の策である。  攻城戦は万やむを得ない時にのみする。その時は攻城用の諸道具や設備を十分に用意しなければならない。それには六ヶ月を要する。もし将軍が怒りにまかせて用意もなく攻め、兵を城壁に肉薄せしめ、三分の一を死なせて、なお陥落しない時には、天罰を受ける。(謀攻篇) 【蛇足】孫子に「憲法9条」をお見せしたら何と言うでしょう?

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河上 肇 一日一言

河上 肇[かわかみ・はじめ](1879~1946)1月30日、この日死んだ。日本におけるマルクス主義経済学の開祖。京都大学教授。無我愛運動をへて、のち、共産党に入り、運動に献身した。『貧乏物語』『自叙伝』(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  目の前にはいかなる黒雲が渦を巻いていようとも、全人類の上によりよき世界が年一年、早足で近づきつつあることには、寸毫(すんごう)の疑いもない。私は牢獄のうちに繋がれていながらも、この偉大なる社会の近づいてくる足音を刻々に聞くことができる。  私はもう60近い老人だが、しかし、もし幸いにも天が私に、私の祖母や父や母やの長寿を恵んでくれるならば、私は、私の最も愛するこの日本に、私の愛する娘たちや孫たちの住んでいるこの日本の社会に、私が涙をこぼして喜ぶであろうような変化が到来する日を、生きた眼でみることができるであろう。(自叙伝)

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一日一言 堺 利彦

堺 利彦[さかい・としひこ](1870~1933)1月23日、この日死んだ日本社会主義運動の長老。マルクス主義の紹介者。言文一致体の普及、家庭の民主化をとなえた先覚者でもあった。(岩波新書。「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  社会主義の主張する所は、ひっきょう善良なる家庭に行われるがごとき共同生活を、社会全般に行いたいというのである。男子は多く外にあって繁劇なる事務に従い、女子は多く内にあって家事を務め、老人は老人、小児は小児、みなそれぞれの才力に応じたる労働をなし、しかして銘々の必要に応じて公平なる分配をなし、常に相扶(たす)けて生涯を送る。これがすなわち善良なる家庭の生活であって、社会主義の主張は実にこの外にないのである。故に社会主義の実行を望む者は、必ずまず多くの力を家庭の改革に用い、十分なる社会思想、共同思想を此間に、養う事を務めねばならぬ。(『万朝報』論説)

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一日一言 プーシキン

アレクサンドル・プーシキン(1799~1837)1月10日、この日決闘に倒れた。烈しい感情と民衆的な美しい言葉で、ロシア近代国民文学の父となった。革新思想の持ち主。主著『大尉の娘』『オネーギン』。(岩波新書・「一日一言」-桑原武夫編) われらの胸に自由がもゑて 心がほまれに生きるかぎりは 友よ 祖国にささげよう われらの若いたましいの うつくしいほとばしりを。 友よ 信ぜよ やがてこよなき幸の 星のかがやきのぼることを そしてロシアは夢からめざめ うち砕かれた専制政治のなごりの上に われらの名前の書かれることをー                        (チャダーエフに)

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与謝蕪村 俳人 文人画家

与謝蕪村[与謝蕪孫](1716~1783)この日京都に死んだ天明期の俳壇の代表者。江戸時代、芭蕉と並び称される。摂津毛馬村に生まれ、各地を放浪した。文人画家としても有名。『蕪村七館集』がある。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編) *いかのぼり きのふの 空のありどころ *かげろふや 名も知らぬ 虫の 白き飛ぶ *妹が垣根 三味線草の 花咲きぬ *うれひつつ 丘に登れば 花いばら *百姓の 生きて働く 暑さかな *月天心 貧しき町を 通りけり *春雨や暮れなむとしてけふもあり *春の海ひねもすのたりのたりかな *菜の花や月は東に日は西に *五月雨や大河を前に家二軒 *涼しさや鐘をはなるるかねの声 *朝顔や一輪深き淵のいろ

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ハーバート・リード 一日一言

ハーバート・リード(1893~1968)12月4日、この日生まれた。イギリスの詩人で、鋭い批評家。百姓の家に生まれた。老子とクロポトキンの流れをくむ最高のアナーキスト。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  文化というものを、上から下へ向かって押しつけてはならない・・・・・・それは下から盛り上がるはずのものなのだから、文化は土壌から、人民たちから、人民たちの日々の生活と労働から、生まれ育つものである。それは、人々の生活における歓喜、労働における歓喜の自然発生的な表現なのであって、もしもこの歓喜がなかったならば、文化もまた存在しないことになるだろう。(政治ぎらいの政治論)    生をいとなみ、進歩を確保し、尖鋭鮮明の関心を創造するためには、形式を破り、型をゆがめ、われわれの文明の質を改めなければならない。(詩と無政府主義)

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バルナーヴ フランス革命

バルナーヴ(1761~1793)11月29日、この日処刑されたフランス革命中の政治家。27歳から立憲議会の中心として活動。社会科学の名著『フランス革命序論』を残した。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  もし、わたしが国事に無関係な人間だったとしたら、わたしは亡命することもできたでしょう。しかし、わたしは国事に積極的な役割を果してきた以上、あなた方が案じられる〔死刑〕の危険があるということそのことが、祖国・・・・・・いまや、かくも不幸な祖国・・・・・・を去ることをわたしに禁ずるのです。   バルナーヴは1792年、グルノーブル監獄に入れられた。彼は助命嘆願もせっず、容易に逃亡できたのに、この手紙のようにそれを拒否し、『フランス革命序論』を書いて、従容として死んだ。

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孫 文 三民主義

孫 文[そんぶん](1866~1925)11月12日、この日、広東省香山県の農家に生まれた。三民主義の主張によって始めた民国革命の父である。主著『三民主義』『建国方略』。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編)  中国の漢時代はローマと同時代である。この漢代は政治思想が非常に高まった時である。この時、一般に力強く主張された思想は、反帝国主義であった。思想家は、南方の未開民族と土地を争うことに強く反対している。中国は二千年昔に十分に平和思想が確立していたのである。そして、宗・明にいたるまで、外国に侵略されたことはあっても、外国を侵略したことがなかった。南洋の小国の進や帰化も、彼らから望んでしたことであって、中国が武力で圧迫した結果ではない。これらのことは、世界の最強の国にも見ることのできない中国の光栄である。(三民主義)

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ランボー フランス詩人

アルチュール・ランボー(1854~1891)11月10日、この日死んだフランス象徴派の詩人。16歳で彗星のごとく快光をはなって詩檀に現われ、ヴェルレーヌと共に放浪した。『酔いどれ船』『地獄の季節』(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編) 一昨日の戦死者のねむる フランスの野の上を 幾千羽 旋回せよ やよ鳥 冬を 道ゆく人おのがじし思い新たならしめよ! かくて 義務の叫び手たれ おお わが黒き喪の鳥よ! されど 空の聖者たち 樫のこずえ かぐわしき夕べにかすむマストには せめて五月の頬白をのこせ 未来なき敗戦に 森の奥につながれ 草間より 逃れえぬ人びとのために

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詩 経 毛詩国風

詩 経(BC.1100頃~740頃)『詩経』は中国最古の詩集。孔子の時にすでに古典になっていた。『国風』は、諸国の民謡、すなわち農民・兵士・恋人の歌を集めた部分(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑原武夫編) 内気なあの子は器量よいひと 人めを避けて 私と出会う すがた見せぬ私を待ちかね じりじり足ぶみ 髪をかく。 内気なあの子は可愛いひと まっかな管を 私にくれる かがやく管のまっかなこの色 私は幸福だ あなたの美しさ。 野ばらの白いつばなをくれた ほんとに見事で目をみはらせる あなたは美しい なをその上に 美しい人のこの贈りもの。  (静女)

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ミレー 自然主義画家

ジャン・フランソワ・ミレー(1814~1875)10月4日、この日生まれた。バルビゾン派と呼ばれる自然主義画家。みずから農業に従事しながら、農村生活や農民をを描いた。(岩波新書・「一日一言」-人類の知恵ー桑名羅武夫編)  芸術はなぐさみの遊びではない。それは戦いであり、ものをかみつぶす歯車の機械である。

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