映画・「ソ満国境15歳の夏」と新京1中生

 あの年の夏、僕も満洲・新京第1中学の1年生(13歳)だった。4月に入学して驚いたのは、広大な敷地に超豪華な佇まいの校舎。それに4・5年生が不在であったこと。ところが5月半ばになると3年生がほとんど見当たらなくなった。噂では、勤労奉仕で北満の東寧というところに行っていると聞かされていた。      対ソ戦にそなえて少年も動員   戦後まもなく開かれた新京第1中学校の同窓会(第一陣会)で当時の3年生から「東寧」での過酷な勤労奉仕の様子を聞かされ驚いた。米作のための田んぼ作りといいながら、対ソ戦にそなえての「戦車壕」堀だったこと、そして8月、ソ連参戦による牡丹江→新京への逃避行のすさまじさを知らされて衝撃を受けたことがある。  昨年、このことが体験者田原和夫さんの手記をもとに、松島哲也監督、夏八木 勲さん(これが遺作)らの出演により映画化、各地で上映会がもたれ好評を博しているという。この12月15日付の「日中友好新聞」一面のコラム「南船北馬」が、これらの流れを次のように書いている。紹介しよう。    田原和夫氏原作『ソ満国境15歳の夏』が映画化、今各地で上映会が静かに進行中である。関東軍の命令一下、東寧の報国農場に動員された新京1中3年生126人の宿営地はソ連との国境わずか1㌔。軍の約束とは裏腹の過酷な待遇▼ソ連参戦。軍からも農場関係者からも見捨てられ、飢えと渇きにさいなまれながら牡丹江への徒歩行200㌔。結束して新京をめざす▼原作も映画も人びとの記憶に永遠にのこるであろ…

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日中友好協会江東支部が「望年会」

 日中友好協会江東支部の「望年会」がさる12月3日(土)、南砂の団地集会場で開かれました。来し方(今年)を忘れるのではなく、行く末(来年)を望む会として、毎年行われます。そのときの模様を斎藤信行支部長がフエイスブックに投稿しています。  日中友好協会江東支部の望年会を開催し20人が参加しました。東京都連から中川理事長も参加してくれました。乾杯の後、参加者一人ひとりから自己紹介がありました。  中国で生まれ育った人もあり、当時の話をしてくれました。また最近の中国の大国主義的な表れに懸念と批判も出されました。  今年、江東支部として中国の旧満州地方へ旅行した人達からは、日本の侵略戦争の惨たらしさと、二度と戦争を起こさせないことが大切と語られました。 【写真】左から東相談役、斉藤支部長、中川理事長。 【追記】「望年会」のあくる4日、くしくも東京新聞が「地方が支える日中関係」と題して社説を載せている。読むほどに、日中間の悪しき関係の改善のための一つの方向性が示されているようで納得させられる。  冒頭に「日中間には政治の風向きが良くない時でも文化交流という歴史の遺産がありました」(上海・呉越)という言葉を引き、日中間では地方同士の交流という「安全弁」も見逃せないとし、全国で362もある”友好都市”の更なる緊密化を強め、広げる必要が求められていると結んでいる。  であれば、日中友好協会を日中友好草の根会とでも改称したらどうだろうか。

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「望年会のお誘い」 日中友好江東支部

 日中友好協会江東支部が「望年会」を催します。同会は「忘年会」ではなく呼称は「望」を使います。きっと過ごしてきたこの一年の様々な悪かったことなどを忘れるのではなく、それらを踏まえて、むしろ来年を「目指しましょう」ということからでしょう。 ◆と き:2016年12月3日(土)午後1時~ ◆ところ:南砂公社住宅 4号棟集会場 ◆会 費:1000円   今年は参議院選挙あり、突然の都知事選挙もありました。とりわけ新都知事になるや否や、豊洲市場問題、オリンピックの費用・会場問題などが次々に明るみでるなど大変な年になりました。  来年は日中友好協会江東支部も日本と中国の草の根からの真の友好をめざしましょう。そのために仲間を増やし大きな支部になるよう頑張りましょう。(日中友好協会江東支部)

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きり絵を体験しませんか! 日中友好江東支部

 中国のお正月や結婚式など祝い事にかかせないきり絵です。今回は来年の干支「酉」を作成します。型紙は準備いたします。ご自分で型紙をデザインしてもかまいません。材料、道具などは準備します。       きり絵体験教室 ◆日 時:11月14日(月)午後1時30分 ◆場 所:東陽町産業会館 2F       (東西線東陽町駅西口) ◆会 費:500円(教材費 他)  準備の都合上、事前のお申し込みお願いします。その日でもかまいません。初めての方でもすぐ切ることができるよう講師が指導します。どなたでも簡単に出来ますので是非ご参加ください。前回出席された方ぜひご出席お願いします。<申込み先>3522-0884小野瀬、3644-0692飯島

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「日本会議と安倍政権」 学習講演会

 第三次安倍内閣の閣僚の内8割が、『日本会議議連』に属しています。街宣車で軍歌を流しながら、大音響で騒ぐ右翼と異なり、地方に支部を持ち、地方議会を動かして、中央政界に影響力を及ぼして来た『草の根右翼・日本会議』とは?  中国・アジアへの侵略を祖国防衛と植民地解放の戦争だったと言い張る『日本会議』の全貌を、日本会議研究の第一人者・俵義文(たわら・よしふみ)さんが明らかにします。                                  -学習講演会ー ◆日 時:2016年11月10日(木)18時半~ ◆場 所:文京区民センター ◆講 師:俵 義文(子どもと教科書全国ネット21) ◆資料代:前売り券 800円 (当日券1000円) <連絡先>日本中国友好協会東京都連合会         TEL 03-3261-0433 ■俵 義文さん=立正大学心理学部非常勤講師。「日本会議の全貌」、「軍事立国への野望」など、著書多数。            

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日中友好協会・江東支部第12回総会

 今年の夏の猛暑、お元気でお過ごしのことと存じます。日中友好協会・江東支部が結成されて11年が過ぎようとしています。この間、会員の皆さまのご協力で会も順調に運営されてきました。ありがとうございます。  つきましては第12回の支部総会を開き、今後の更なる発展を期したいと思います。お忙しいこととは存じますがご出席いただきますようご案内申し上げます。尚、総会終了後懇親会を開きたいと思います。 ◆日 時:2016年10月1日(土)       午後1時30分から ◆場 所:南砂公社4号棟集会場中ホール ◆会 費:1000円 【注】写真上 2007年7月6日の結成総会 下当日の懇親会での太極拳。

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中国残留孤児問題フオーラム

 「戦後70年が過ぎ、元孤児たちは中国人養父母への感謝の思いが募るばかり。フオーラムは祖国に見捨てられていた中国残留孤児問題の全容を世に問うフオーラム」、10月2日東京で開かれます。 ◆日 時:2016年10月2日(日) ◆場 所:江戸東京博物館 1F 大ホール        JR・大江戸線両国駅 徒歩3分 ◆入場料:1000円        (午前・午後共通) ■午前の部:映画上映 10時開始   「望郷の鐘 満蒙開拓団の落日」 ■午後の部:シンポジウム 13時開始   敵国のこどもを育てた中国人養父母  <問い合わせ>           ☎090-9146-8008      

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「日中友好平和の旅」から帰って 斎藤信行 ②

 6日、ハルビンの日本軍第731部隊罪証陳列館を訪問。そこは25万平方メートルに及ぶ場所で、細菌兵器を研究し、実験し、製造した世界史上最大規模の軍事基地である。(13日、斎藤信行フエースブックから)  マルタと呼ばれる中国人などへの残虐極める人体実験を行っていた。陳列館では当時の生々しい実験内容が陳列してある。  陳列館は歴史を刻み、過去を忘れず、平和を愛し、未来を切り開くことを人々に呼びかけている。  写真は2015年8月に新館として新設され、内部では細菌の実験や親子の人体へのガス実験、凍傷実験の蝋人形や731部隊の指揮命令系統図、細菌の培養や解剖に使った医療器具などが展示されている。  誰でもが一度は行ってほしいところだ。        今日は満州事変 85週年     9月18日は満洲事変85年目にあたります。1931年、当時中国に駐留していた関東軍が柳条湖で満州鉄道を自ら爆破し、中国の仕業となすりつけ中国軍を攻撃。これを契機に侵略を満州全土に拡大して行きました。  9月4日、日中友好協会江東支部は現地の柳条湖9・18記念博物館を見てきました。広場には、カレンダーの形をした大きな旧館があり、その壁には大きく文字が刻まれています。その旧館の置くには大きな新館があります。  新館の中は薄暗く、柳条湖事件いついての説明パネルや当時の多くの写真、日本軍の日の丸や軍服、軍刀、歩兵銃などが展示され、当時の断片を見ることが出来ます。  満洲事変85周年にあたり戦争を二度…

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中国 瀋陽・ハルビンに行って 飯島勝子

中国(旧満州)の瀋陽・ハルビンに四泊五日(9月3日~)の日程で行われた「平和友好の旅」。主催は日中友好協会・江東支部で、7日無事帰国。以下は事務局長の飯島勝子さんが、そのレポートを9日付のフエイスブックに投稿した。  戦争はしてはならぬ 九条を守ろう    9月3日~7日、日中友好協会・江東支部で中国旅行、瀋陽・ハルビンへ13人で行ってきました。  平頂山殉難同胞遺骨館、撫順戦犯管理所陳列館、柳条湖事件の9・18事変記念館などを見学。あと新幹線に乗りハルビンへ。731部隊罪証陳列館などに行きました。  日本の犯した罪、人間が鬼になりました。余りの残酷さで目を覆いたくなりました。戦争はしてはならない。憲法九条は死んでも守らなければと思いました。 【注】本稿を「ハガキ」化してみました。  

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「日中友好平和の旅」から帰って 斉藤信行 ① 

 9月3日から7日まで、日中友好協会・江東支部の主催で、13人で中国東北部の瀋陽(旧奉天)とハルビンの「平和と友好」の旅に行ってきました。以下は、8日付け、フエースブックに支部長の斉藤信行さんが投稿されたもの。 ▼平頂山殉難同胞記念碑の前で一行13人  歴史を直視し戦争は二度と起こさせない     瀋陽では、平頂山殉難同胞遺骨館で館長さんが出迎えてくれ、丁寧なご挨拶をいただきました。さらに撫順戦犯管理所や柳条湖の9・18記念館を見学。ハルビンには新幹線で行き、731部隊罪証陳列館を見学しました。  全体で強く感じたことは、かつての日本の中国国民に対する残虐で非人間的行為は、謝罪しても、し尽くせない大罪であり、それらのことを目の当たりにして、胸が痛くなる思いでいっぱいになりました。  歴史を直視し、二度と戦争を起こさせない平和を守る国民的行動がいま求められています。  4日、中国の平頂山殉難同胞遺骨館では、周学良館長(写真2列目の中央)が出迎え、あいさつ後、我々と記念写真を撮りました。  館内では平頂山の村人3000人が日本軍に虐殺され、その遺骨の一部(婦人と子供)が発掘されたままに保存されていました。見るに耐えない気持ちになりました。 【注】この稿を「はがき」化してみました。

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「ハルビンと瀋陽の旅」 日中友好江東支部

日中友好協会・江東支部が、かねてから検討していた「中国への旅」がこのほど実現することになりました。この9月に旧満州(現中国東北部)のハルビンと瀋陽に行きます。先の大戦で日本軍があの地に残した暴虐の爪痕を訊ね、学習します。 ▼平頂山殉難記念碑=撫順 ■旅行行程:成田ー瀋陽ーハルビンー成田 ■旅行日程:9月3日(土)~7日(水)         4泊5日間(詳細は下欄参照) ■旅行代金:128000円 (10名以上)   ●利用航空会社:中国南方航空   ●添乗員:現地日本語ガイド ■申込締切:6月30日  <お問い合わせ>   斉藤信行 090-4360-0631   飯島勝子 03-344-0692 【注】平頂山事件   32年・平頂山事件    「虐殺」の原点  井上久士      駿河台大教授    昭和期の日本による中国侵略について、東京新聞は駿河台大学の井上久士教授(64)=中国近現代史、写真=に聞きました。日中戦争開始5年前の1932年、旧満洲(中国東北部)で、日本軍が多数の中国人を殺害した平頂山(へいちょうざん)事件について「南京事件など、その後の残虐行為の原点と言うべき事件」と指摘。日本は事件を隠し、関係者も処分しませんでしたが、「処分していれば、その後の歯止めになりえた」と述べました。  平頂山事件の発端は32年9月15日、撫順市郊外の炭鉱で、職員ら日本人5人が中国人ゲリラの襲撃で殺されたことでした。日本軍は翌1…

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「もう一つの七夕」 盧溝橋事件79周年

7月7日盧溝橋事件に始まる中国への全面侵略、特に南京事件を焦点に日本の戦争は何であったのか、戦争の中で何が起きたのか、また、この事件に対する日本政府の対応、最近の右傾化潮流の動きなどが話されます。      今、日本の戦争を考える ◆日時:7月7日(木) 6時半開演 ◆場所:東方学会ビル2階会議室       千代田区西神田2-4-1 ■講演:蘆溝橋事件勃発と南京事件の真実       井上久士(駿河台大学教授) ◆参加費:500円    <主催>:日中友好協会東京都連合会

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宝田明さんと「日中友好」の絆

昨年の本紙新年号1面トップは、俳優の宝田明さんが登場し「日中友好運動は、崇高なアクション」とその気概を評し敬意を述べてくださった。(日中友好新聞・2016年6月5日付ーコラム「南船北馬」から)  インタビュアーは石子順協会副会長だったが、最後に突然、宝田さんが、「満洲育ちの私たち」という満洲唱歌を歌い出し、長春育ちの石子順副会長も思わず唱和し、引き揚げ者同士の熱い心の脈動を感じたと結んでいる▼宝田さんは前年「平和と命こそ」-憲法九条は世界の宝だーと題した3人の共著(新日本出版刊)を発表した▼満鉄の技師だった父に連れられハルビンで終戦を迎え、兄は戦死、11歳の宝田少年はソ連兵に銃撃され右腹に弾丸が撃ちこまれるなど、生死をかけた戦争体験。そしてゴジラ映画への主演から大スターへの道などの人生を語った▼戦後70年の昨年、宝田さんは新聞・雑誌・TV、講演などに引っ張りだこで、「間違っても二度と戦争はしてはならない」「九条を守りぬく、凜とした日本人であるべきだ」とのメッセージを送り続け共感を広げてきた▼この5月10日、本人が台本を書いたミュージカル「宝田明物語」初公演。私たちの崇高な日中友好運動を大きく進めたい。(大)

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中国の切り絵 体験してみませんか

中国の伝統的な民間芸術の切り絵細工です。中国各地で作られており、地方により作風や題材、作り方、使われ方が異なりますが、主に動物、花など作成します。中国では祝い事があるとき、家の出入口に貼り、縁起がよいそうです。        <切り絵体験教室> ◆と き:2016年5月9日(月)       午後1時30分~3時30分 ◆ところ:江東区産業会館 2F       江東区東陽町駅下車 2分 ◆材料費:500円(用紙代他)    どなたでも簡単に切れます。頭の体操にもなります。準備は何もいりません。ぜひ、ご参加ください。お待ちしています。 <主催>日中友好協会江東支部 ・3644-0692(飯島)  ・3640-6893(松橋)  ・3522-0884(小野瀬)

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「宝田明物語」 公演のお知らせ

昨年「日中友好新聞」1月15日号1面で壮絶な戦争体験を語った宝田明さんの舞台が5月に東京で開催されます。詳細は以下の通りです。(日中友好新聞・2016年4月25日号7面) ■とき=・5月10日(火)午後6時30分開場、7時開演・11日(水)午後1時30分開場、2時開演と・午後6時開場 6時30分開演の2公演・12日(木)ごご1時30分開場、2時開演 ■内容=第1部は「宝田明物語」朗読劇、第2部hミュージカルコンサート ■ところ=内幸町ホール(JR新橋駅・日比谷口より5分) ■入場料=5000円 ■主催・制作=オフィスサワキ ■問い合わせ=宝田企画FAX03(3927)1173               宝田明さんのごあいさつ   待望の日中国交が回復され、久しくなりますが、御紙をはじめとし、日中友好を基とした各団体gさまざまな活動をしておられる現状はご同慶に堪えません。  さて、私自身、戦後満洲ハルビン市より引き揚げてまいりました。小学校高学年であった私は、やがては祖国日本を守る保塁たらんとの気概に燃えていた軍国少年でした。  終戦と同時にソ連の進駐、暴行、略奪、婦女子への凌辱、そしt引きあえ時の壮絶な苦労など、忘れ得ぬ思いがございます。  やがて映画俳優としての道を今日まで歩んでおりますが、そんな多難人生を、語りと歌で綴る半世紀として上演することになりました。  第2部では実力派の共演者と共に、名曲をちりばめたコンサートをお聴きいた…

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戦争法廃止めざす 講演会 日中友好協会主催

戦争法(安保法制)の廃止をめざす「学習講演会」が開かれます。講師は東京新聞の論説兼編集委員の半田滋さん。「戦争法」について縦横に語ってもらいます。 戦争法廃止2000万人            署名推進のために ◆と き:16年4月7日 18時半開会 ◆ところ:エデュカス東京 7F ◆講演:半田滋さん  「日本は戦争をするのか         集団的自衛権と自衛隊」 ◆前売り券800円 当日券1000円  中国脅威論と戦争法、戦争法と自衛隊、9条改憲の動き、暴走する安倍政権などについて語っていただきます。この講演会の取り組みを2000万人署名推進の力にしましょう。   <問い合わせ> 日中友好協会東京都連合会 03-3-0433

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ぜひ あなたも日中友好協会へ!

中国は日本の永遠の隣国です。この二つの国が本当に仲良くなればどんんい素晴らしい世界になることでしょう。国民同士の交流がお互いの理解に最も大切です。  日中友好協会は日本と中国の相互理解のために、自主的な立場を守りつつ、過去の不幸な侵略戦争の反省に立った日中不再戦・平和のための活動、太極拳、中国語、文化交流、中国旅行、中国映画会講演会、中国留学生との交流あどさまざまな活動を展開しています。  新しい仲間をお迎えすることによって、さらに友好活動が広がります。一人ひとりの友好がアジアの平和につながります。ぜひあなたも日中友好協会へ入会してください。 【追記】日中友好教会江東支部の機関紙107号を以下ご紹介します。<問い合わせ>は03-3644-0692です。

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中国映画上映 「初恋のきた道」 江東日中協会

日中友好協会江東支部の主催で中国の映画が上映されます。それは「初恋のきた道」。原題が「我的父親母親」。ですから、そのまま訳せば、日本語では「私の父親母親」。何と絶妙でチャーミングなネーミング! さてどんなストーリーでしょう。 ◆日時:3月26日(土) 午後1:00~3:00 ◆場所:江東区産業会館 2F ◆会費:200円(お茶とお菓子代です)  映画終了後交流会を開きます。皆さんご参加ください       <初恋のきた道> 原題:我的父親母親    都会で暮らす息子ユーシェンは父親の訃報を聞き母のいる小さな農村へ帰郷した。父はこの村の小学校を40年以上で支えた教師だった。町に出かけて心臓病で急死したのだ。父の遺体をトラクターで運ぶという村長たち、だが母は伝統通りに葬列を組み、棺を担いで村に戻ると言い張った。村の若者は出稼ぎに出て人手が足りない。困った息子ユーシェンは母と父の、若かりし日の出逢いを追想する。    主催:日中友好協会江東支部 連絡先:☎03-3644-0692

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書評 「毛沢東 日本軍と共謀した男」

「テレ朝」の昼の番組に「スクランブル」というのがある。橋本大二郎氏がキャスターのワイドショーだ。中国問題になると決まって遠藤誉という女性が画面に顔をだす。近頃の中国の言動に必ず「四の五の」とクレームをつける。「そもそも現中国政権には、日本にモノ申す資格はないんですよ!」が持論だ。  その遠藤女史がこの頃出版した著書に「毛沢東 日本軍と共謀した男」がある。その中で、「日中戦争では主に日本軍と戦ったのは国府軍で中共軍ではない。だから共産党政権が、しゃしゃり出てくるのは筋違い、それどころか彼らは日本軍と気脈を通じていたんですよ」としきりに唱える。そのたびにこの人は歴史を曲解する人物と思っていた矢先に、日中友好協会新聞の2月15日付にその書評が出たので紹介する。  中国に「蓋棺論定(がいかんろんてい=棺を蓋いて論定まる)という四字成語がある。毛沢東の評価は鄧小平によって「功績第一、誤り第二」と定まったが、毀誉褒貶(きよほうへん)はさまざまである。  抗日戦争のさなか、中国共産党が急成長した事実は否定しようがない。ところが本書は毛沢東の戦局見通しの正確性や中共軍の軍事方針と実際には全く無頓着でる。  本書は、毛沢東を「中国建国の父」から「中華民族を売り、人民を裏切った」人物へと大地をひっくり返す評価替えを投げかける。  その論拠として毛沢東が潘漢年(はんかんねん)らのスパイを使って日本軍および汪兆銘政権と「共謀」して蒋介石の国民党軍を弱体化させたと日本と汪兆銘の各諜報機関員の手記および…

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講演会のお知らせ 日中友好協会江東支部

日中友好協会江東支部では来る2月20日(土)、「中国の今を考える」と題して、講演会を開きます。講師は協会本部理事の佐久間 徹さん。場所は江東区産業会館です。多くの人のご参加を呼びかけています。 ▼昨年(12月4日)の江東支部「望年会」     講演 『中国の今を考える』 ・中国経済の現状と今後 ・南シナカイ(南海)問題 ・中国の環境問題 ◆と き:2016年2月20日(土)      午後1時半~3時半 ◆ところ:江東区産業会館 2F       (東西線東口 下車2分) ◆講 師:佐久間 徹        佐久間 徹さん プロフイール  中国研究科家、日中友好協会本部理事。昨年まで13年間にわたり毎号「日中友好新聞」にコラム「中国の現代史」を執筆。日中友好協会千代田支部長。切り絵教室 室長。  連絡先:日中友好協会江東支部  支部長:斉藤信行 ☎ 03-3644-6013 ▼日中友好協会江東支部事務局ニュースより

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中国で仰ぎ見た憲法第九条 日中友好新聞

16年前、中国に留学していた私は、日中戦争勃発地のそばにある中国人民抗日戦争記念館を訪れました。そこには日中戦争の資料が多数展示されています。(日中友好新聞・11月5日付ー1面コラム「随想」)。  私は覚悟して参観したのですが、実際に731部隊の中国人に対する生体実験の試料や、日本はもちろん中国でも知られていない残虐で目を覆うような写真を見て、(事実を検証する作業は必要であるとしても)居たたまれない気持ちになりました。  私はあまりにも重い歴史に打ちのめされ、一刻も早くそこを抜け出そうと足早に出口に向かっていました。するとその時、壁に見覚えのある文字が浮かんできました。なんと日本国憲法第九条が中国語で大きく掲げてあったのです。その時ほど九条が生きて、輝いて見えたことはありません。  これは、「かつての恐ろしい国、日本が今、これほど素晴らしい、平和な国になったのだ」と訴えていたものと私は受け取って、胸が熱くなりました。軍拡を批判されがちな中国にとっても、九条は仰ぎ見る理想であり、目標であるに違いないのです。  最近、この記念館の展示がリニューアルされたことが報道されましたが、九条はどうなったでしょうか。どなたか現地に行って、確かめてくだされば感謝です。九条を日本国内だけでなく、中国にも広めていきましょう。(広島支部会員=井上 豊)

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「日中友好協会江東支部」 ニュース105号

「日中友好協会江東支部」のニュース105号を頂きました。本号はさる9月26日の行われた第11回総会の模様を中心に組まれ、その他「今年度の主な取り組み」、「中国語教室からのお願い」などが載せられています。  9月26日(土)江東区産業会館にて、第11回支部総会を開きました。23人の参加と委任状で総会は成立しました。都連理事長中川大一さんが来賓で参加して下さいました。  「『戦争法』のデモが様変わりして団結が強かった。平和の憲法を我わえが守っていく、日中国交回復を国を挙げてやり、戦力はダメ。二国間の協定を踏みにじる『戦争法』日中友好協会の役割は大変重い任務です」と話されました。  2次回の交流会でも皆さんからたくさんの意見が出されました。会員拡大の重要性も話し合いました。     中国語教室からのお願い! 楽しく中国語を勉強しませんか? 月2回 第2水曜日      第4水曜日 ごご1時から3時です。   会費は月2000円  教師は王先生です。日本で中国語を教えています。ご主人と娘さんで日本に来て8年ほどです。若い方で、とても熱心で優しい先生です。午後1時から南砂2丁目のマンション集会場で開いています。

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ひようたん笛と私 平沢千恵子

水餃子のおいしいお店があるというので行ってみたら、NPO法人「中国帰国者・日中友好の会」のお店だった。楽器教室もあるというので、ひょうたん笛の仲間と見学に行った。(日中友好新聞・8月5日付ー「随想」) ▼平沢千恵子さん(東京都連・江戸川支部会員)       ひようたん笛と中国帰国者楽器教室    二胡、横笛、楊琴、月琴など、中国楽器で演奏している。かなりの年輩のひとたちがとても楽しそうに。ひょうたん笛も入会させてもらった。  中国の曲になるとみんな生き生きと輝く。いつごろの曲?と聞くと、青春時代に流行していたと。指揮者も演奏者も話す言葉は中国語。真にここは中国。週に一度、遠い所から来ても、ここは中国の仲間に会える場所、心を通わせる所なのだ。日本に帰って来てから日本語を覚える大変さ。あまりにも高齢になり過ぎてしまった。  楽団に入ってから「春節のつどい」「中国帰国者まつり」、老人ホーム慰問、遠く四川省成都まで行き演奏して来た。 言葉が分からなくても、一つの曲を一つにまとめ上げ演奏することによって心が一つになる。音楽を通して日中友好ができているのかなと思っている。  「中国帰国者戦後70周年記念講演会」が8月26日開かれる。「残留孤児」・「残留婦人」自らの制作・演出・出演による舞踏劇「孤児の涙」、合唱・独唱・楽器演奏(ひょうたん笛も出演)。 ひょうたん笛がきっかけで自身の思わぬかかわり合いの目が開かれた思いだ。 

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中国帰国者 戦後70周年記念公演会

中国「残留孤児」や中国「残留婦人」と言われる人たちのことをご存知ですか。1945年8月、主に旧満州地域で肉親とわかれ、”孤児”となった子どもたちや、生きるすべを求めて中国人の家庭に入った女性たちのことですがその後も長年にわたり日本への帰国ができず、中国に、”残留”せざるをえませんでした。 ◆と き:2015年8月26日(水) 13:00~ ◆ところ:所沢市民文化センター ”ミューズ” ◆第一部:写真と映像と語り        城戸久枝さん、神田さち子さん ◆第二部:舞踏劇 孤児の涙        残留孤児らの制作・演出・出演   あの戦争から70年経とうとしているいま、戦争の傷跡に苦しめられながら晩年を過ごしている彼・彼女たちは、どのような暮らしをし、どのような気持ちを抱いているのか。中国残留日本人問題に精通している作家・城戸さんの講演と当事者たちの訴えを通じてかいまみてください。

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映画 「ソ満国境 15歳の夏」と僕

終戦の年、昭和20年4月、僕が入学した旧制中学が新京第一中学校(現・中国東北部の長春)。初めて登校して驚いたのは上級生は一級上の2年生だけ。聞けば3年生以上の殆どはソ満国境などに勤労動員で駆り出されていた。ここに紹介する映画はその先輩たちが辿った敗戦時の過酷な物語である。     戦時と震災 交差する体験    東日本大震災、原発事故から1年後の夏。福島県波江町の中学放送部に中国黒竜江省の石岩鎮(せきがんちん)という村から突然「ぜひ取材に来てほしい」と招待状が届く。  放送部顧問の先生と男女5人の部員は中国に旅立ち、招待主の村の長老・金成義(じんつんい)さんから、67年前のあるできごとを聞かされる。  それは、敗戦直前ソ連との国境近くに勤労動員で送られたまま現地に置き去りにされた日本人中学生たちの過酷な戦争体験だった。  日中戦争末期、8月ソ連軍が侵攻、猛爆撃の中、取り残された120人の中学生は徒歩で300キロ離れた親元の地をめざす。ソ連軍の捕虜となり栄養失調の体で放り出され、荒野をさまよい餓死寸前たどりついたのが石頭村(現・石岩村)。貧しい村人たちは憎い侵略者日本人への怒りを胸におさめ、少年たちに手を差しのべてくれたのだ。   映画は現代の中学生と、67年前の戦時下、同じ15歳だった少年たちと交差させながら、戦争の悲惨な事実をフラッシュ・バックを重ねて再現する。福島の中学生は戦時下の少年たちの苦難にわが身を重ね、今も解決のメドさえ立たない震災・原発の被害を思う。 …

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「もうひとつの七夕」 蘆溝橋事件78周年

7月7日は七夕祭り。世間一般は各地で年に一回の「逢瀬の日」として華やかに「祭り」が催される。だが、忘れてならないのは、日中戦争が本格化、太平洋戦争につきすすむ序曲となった日だ。この日を記念して毎年、日中友好協会が「講演と合唱のつどい」を開く。 ▼さくねんの集会=紫金草合唱団        講演と合唱のつどい ■日 時:7月7日(火) 6時開場 ■場 所:北(ほく)とぴあ 飛鳥ホール ■講 師:石山久男(歴教協・前委員長)  「日中近現代史とこれからの平和を考える」 ■合 唱:紫金草合唱団 ●参加費:500円 <連絡先>03-3261-0433

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「中国漢方講座」 日中友好協会江東支部

第3回漢方養成講座・「物忘れと漢方」。中国漢方講座開催のお知らせです。中国漢方は3000年の伝統を持つ奥深く日本でも関心が高まっています。今回のお話は、皆さんも思うところがあるとおもいます。どうぞお越しください。 ◆と き:7月11日(土)午後6時~8時 ◆会 場:江東区産業会館 2F ◆会 費:300円(漢方薬の試飲・お土産あります) ◆講 師:陶 恵寧(とう けいねい)さん  「歳とともに、物忘れ、言葉が出てこない、記憶力低下」などについて陶 恵寧さん(日中医薬研究会選任中医学講師)がお話しします。  主催 日中友好協会江東支部  <お問い合わせ> 03-3644-0692

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『ソ満国境・15歳の夏』 田原和夫さん

今年は戦後70年。田原和夫さん(84歳、横浜市在住)は、新京(現在の長春=新京一中)で中学3年生(15歳)だった。70年前(1945・昭和20年)の5月、130人の同級生とともに東満の東寧(とうねい)報告農場に学徒動員されました。(日中友好新聞2月5日付ー「私と中国)  農場はソ満国境までほんの1㌔で眼前にはソ連軍のトーチカが点在。当時すでに弱体化していた関東軍が防衛線をカモフラージュするため少年隊を配慮したのです。  8月9日、ソ連が国境を越えて侵攻、田原さんらは逃避行で東満の密林を300㌔もさまよった末、ソ連軍の捕虜になり、収容所へ。1日2食、薄いおかゆでの毎日の使役はまさに生き地獄。秋の訪れで飢えと寒さで倒れる生徒がぞくゆつし、4人が尊い命を失いました。  10月21日やっと解放され、徒歩や無蓋貨車などでハルビンを経由し、痩せこけボロボロの姿で新京の両親の下に帰り着いたのは10月20日でした。  戦後、田原さんは東大経済学部を経て実業界で活躍しますが、生死の境をさまよった苦難の体験について「なぜあんなひどい目にあったのか、責任を追及したい」おの執念から 同級生かあの聞き取りや資料収集に努め、定年後の1998年『ソ満国境・15歳の夏』を上梓。冷静な筆致で実証的に記されたその内容は各方面から評価を得ました。  さらにこの著作は映画化され、一昨年夏の中国現地ロケを経て昨年末に完成。今年秋に一般公開される予定です。  1930年北京生まれの田原さんは中国人並の中国語を…

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映画「望郷の鐘」試写会で 山田火砂子監督

映画「望郷の鐘ー満蒙開拓団の落日」が完成。いよいよ全国で上映が開始されているが、その試写会で同映画の山田火砂子監督の挨拶が迫力を持って会場を揺るがした。その模様を「日中友好新聞」(12月15日付)が報じている。全文は下欄の通りだが、その要旨を紹介する。       二度と戦争を起こしたくない    山田監督は怒りをかみ殺すように明るく、きびしく、逃避行、生き別れ、再開をとらえていく。子どもたちが元気に歌い、しゃべる。苦難がのしかかっていくさまに、無事日本に帰っていくのだろうかと身を乗り出してしまう。  みんなをだました国は悪いが、だまされたみんなも悪い。これかは決して国にだまされないという呼びかけに貫かれている。  かつて日本が中国人の土地を奪って植民地としてつくった満洲国、そういうニセの国があったことを忘れてはならない。そこで日本人が何をしたのかと突き詰める。昔の事実をしっかり受け止めて、それを師として二度と過ちを繰り返してはならないと訴えかける。

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『「戦争体験」を受け継ぐということ』 遠藤美幸著

この本は、日中戦争末期の1944年、雲南省の拉孟を占領していた日本軍部隊1300人が中国軍の包囲攻撃を受け全滅した戦争記録を、当時の日本軍生存者20人余りからの聞き取りと連合国側資料を基礎にまとめた研究書です。(日中友好新聞12月15日付「本の紹介」)  拉孟は、ビルマ(現ミャンマー)との国境に近い雲南省南西部の龍陵から約60㌔に位置し、アジア・太平洋戦争中、ラングーン(現ヤンゴン)から昆明(雲南省)に至る連合国側の中国援助ルート上の位置要衝でした。この中国援助を阻止するため拉孟に配置されていた日本軍が100日にわたる激闘の末、壊滅的打撃を受けた戦史がつづられています。  著者(遠藤美幸さん)はまた、日本側の生存者と遺族あ戦後現地を訪れたさいの厳しい体験も紹介、「被害者の憎しみや憎悪をどのゆな形で受け入れ、乗り越え、次世代の関係性を築いていったらよいのか?日中関係の将来を担う私たちの最大の課題である」(229㌻)と述べている。        遠藤美幸さんのこと  著者、遠藤美幸さんは、1982年から88年まで日航(JAL)の国際線客室乗務員を務めていた期間中、機内での偶然の出会いから、この「拉孟戦史」研究を手掛けるに至っただけでなく、その後、日航を退職して学究の道に進み、慶応大学大学院博士課程を修了した異色の経歴の持ち主。現在、千葉県内の大学の非常勤講師を務めています。 (高文研ー03[3295]3415)発行 2376円)

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