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zoom RSS 『石碑の誓い』訪ねて 完

<<   作成日時 : 2009/07/22 06:48   >>

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シリーズ「『石碑の誓い』訪ねて」(1975年8月15日・江東の空襲慰霊碑をつくる会発行)は今回で最終回となります。「作る会」に集った江東区・深川の婦人たちがあの凄惨な出来事を偲んで、それぞれの人が紙面に痛恨の想いを短歌で歌曲で俳句でつづりました。

 宮下絹子 
 
 傷跡はいまなお残る生なまと 二十九年の歴史の上に

 あらためて被爆者の声今朝はきく 夏雲流るる果て思いつつ

 夾竹桃この下町に咲きさかる 八月の陽よくまなく照れよ

 空襲のあとの明時見しという 人形の肌せし死びと積みつまれしひと

 救われぬままに過ぎ来し日の長く 今日慰霊碑の請願を出す

 戦災にゆきたる人の堂の前 鳩と居て我れ怒りしずめぬ


 橋本 代志子
 
 心深く刻まれてあれば燃え死にし 母まざまざと夢に顕ちくる

 夢の中母みつめむと思ひしに おぼろになりて三十年経し

 
寺台 光三郎

 炎天の瓦礫(がれき)の山に放心す  すでに亡き吾子の墓標や蛇苺(へびいちご)

 戦災の子に黙祷の枇杷(びわ)二つ

画像
碑文
昭和20年3月10日の空襲に殉難せる町会内諸霊の為ここに碑を立てとこしえにその英魂を弔ふ
   昭和21年3月10日
    東京都深川区洲崎辨天町会
         代 森川健次郎
            徳蔵虎吉

碑ははじめ東陽一丁目にあったが、昭和四十三年深川浄心寺に移された。昭和十八年当時、洲崎花町は石川島造船所の宿舎として海軍に買収された。三月十日未明はその宿舎にいた沢山の徴用工が近くの貯木場で焼死した。防空にあたっていた町会役員も沢山死に、町の人口は三分の二になった。

 現所在地 浄心寺
 東京都江東区平野2−4−19

  「つくる会」代表橋本代志子さんに詩人・永井和子さんが詞を贈り、岡田京子さんが作曲しました。

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