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zoom RSS いま、なぜ沖縄を詩うのか

<<   作成日時 : 2011/01/03 06:49   >>

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先ごろ詩人永井和子さんは「復刻版・沖縄詩集抄ー復刻版」を発行した。そのあとがきで、「私の『沖縄のための組曲』が再演されることになったが。そのことは、大きな歓びだが、同時に悲しみである」と、そして「いつまで、沖縄の詩をうたいつづけなければ、ならないのか?」と書きつづっている。

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  『沖縄詩集』復刻版発行について  

『沖縄詩集』が、絶版になって四十五年、『続沖縄詩集』が同じく絶版になってからでも四十年が過ぎた。なぜ、いま、その復刻版を造ろうとしているのか。
 処女詩集ともいうべき『沖縄詩集』に載せる詩を創るには、新聞の三行記事と呼ばれる小さな小さな報道から創造するしかなかった。
 私は、現地に立ち、五感に触れてしか詩を創れない人間である。この方法では、生まれなかった沖縄詩集だった。その当時、沖縄はアメリカの統治下にあり、「外国」であったから「パスポート」無しには訪ねることが出来ない地だった。詩中にも、そのことを風刺した作品がいくつかある。
 あの詩集はもう無いのですか?
 今頃にになって問われることが増えた。沖縄がいまも、処女詩集以来、アメリカのものである現実があるからだろう。いやそれ以上に悪くなっている。日本政府は、沖縄の「施政権」を取り戻し沖縄が日本になったという。では、なぜ、今も、沖縄がアメリカ軍隊の思うままにされているのだろうか?
 空から降ってきたトレーラーによる女の子の圧死、少女暴行、タクシー運転手への暴行・傷害、乗車代金の踏み倒し、車両事故。つい一年前も沖縄国際大学に墜落したヘリコプターで、壁が焼かれ、大惨事になる事故があったときも、日本の警察は手をだせなかった。
 観光産業で栄えるはずの沖縄の美しい海岸通りは、ほとんどが、アメリカ軍の基地に奪われている。辺野古の海が証明している。世帯所得は他県と比べて最低のラインにある。「軍事基地」は沖縄に何ももたらしていない。いのちの安全も、豊かなくらしも、人間としての権利も。


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 だから、いまも私は、沖縄の詩を創りつづけている。沖縄の人々に学びながら。そのなかで歌もたくさん生まれた。
 二〇一〇年十一月二一日、処女詩集沖縄から歌になった構成組曲が、三十年ぶりに、当時歌ってくれた琉球大学合唱団有志の力で、再演されることになった。そのことは、大きな歓びだが、同時に悲しみでもある。
 いつまで、沖縄の詩をうたいつづけなければ、ならないのだろうか?
 復刻版は、抄だから、当時の詩、すべては載せきれない。第二分冊、第三分冊と出していくことになるだろう。第三分冊には、その後の新しい作品も含まれる。沖縄を改めて考えるために、ぜひ、読んでいただきたいし、朗読ライブの場も創っていただきたいと願っている。  永井和子

 二〇一〇年十月十日


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   ≪著者略歴≫
 
  永井和子(ながいかずこ)

●大阪市港区石田町で1934年6月21日出生
●6歳で兵庫県西宮市甲子園に移る。以後9歳で四国愛媛県に学童疎開、終戦で再び大阪府豊中市に、14歳で東京都・杉並区へと、転々する。
●22歳慶応義塾大学文学部卒業後改めて日本の歴史を学ぶなかで沖縄を発見、以後沖縄を中心に詩を創りながらさまざまな活動に関わっていく。
●現在札幌市在住。詩作・朗読活動に専心。
●既刊詩集の主なもの『沖縄詩集』(1969)『約束』((1971)『続沖縄詩集』(1974)『写真詩文集・石碑の近い』(1976)『終わりからはじまる歌』(1978)『戦争のなかの馬たち』(1984)『永井和子と岡田京子ソング集』ほか多数。

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