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zoom RSS 満洲・公主嶺小学校同窓誌 エピソード −12−

<<   作成日時 : 2015/09/11 06:42   >>

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公主嶺は軍の町でした。早朝、薄暗いうちに軍用トラックが池田製パン工場の前に来ます。野外演習の食糧の受け取りです。工場では職人たちがパン釜から舟をこぐ柄のようなへらで食パンを取り出します。

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    ソ連兵のパン工場に
       川又惇子(旧姓池田・35回生)

 
 餡パンは紙袋に入れくるくると閉じ、箱詰めにしてトラックに積みます。数を厳しくチェックします。このパン工場は、終戦後はソ連軍の支配下で今度はソ連兵のパンを焼くことになりました。
 公園の入り口に梨の木が白い花を咲かせ、きれいでした。公主嶺神社に矢場があり、父は袴を着けて早朝弓を射に私を連れて行き、矢拾いをさせました。
 日曜になると公園は外出の日本の兵隊さんで一杯でした。子供の私たちが遊んでいると、日本の子供だと、懐かしがってよく一緒に写真を撮ってくれ、それがご縁で家までお連れするので、我が家は兵隊さんの憩いの場となり、生け花をなさる方、絵を書く方と、それぞれ畳を喜ばれておられました。
 終戦後は健康な日本兵はシベリヤ行きとなり、残ったのは栄養失調のむくんだ兵隊さんたちでした。あまりの無残な姿に父母は同県の方3人を引き取り、内地までお連れしました

公主嶺神社】公主嶺公園内にある。昭和12年の秋。
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