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zoom RSS 「ハルビンと瀋陽の旅」 日中友好江東支部

<<   作成日時 : 2016/06/22 06:29   >>

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日中友好協会・江東支部が、かねてから検討していた「中国への旅」がこのほど実現することになりました。この9月に旧満州(現中国東北部)のハルビンと瀋陽に行きます。先の大戦で日本軍があの地に残した暴虐の爪痕を訊ね、学習します。

▼平頂山殉難記念碑=撫順
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■旅行行程:成田ー瀋陽ーハルビンー成田
■旅行日程:9月3日(土)〜7日(水)
        4泊5日間(詳細は下欄参照)
■旅行代金:128000円 (10名以上)
  ●利用航空会社:中国南方航空
  ●添乗員:現地日本語ガイド
■申込締切:6月30日

 <お問い合わせ>
  斉藤信行 090−4360−0631
  飯島勝子 03−344−0692

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【注】平頂山事件
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  32年・平頂山事件
   「虐殺」の原点

 井上久士
     駿河台大教授
 


 昭和期の日本による中国侵略について、東京新聞は駿河台大学の井上久士教授(64)=中国近現代史、写真=に聞きました。日中戦争開始5年前の1932年、旧満洲(中国東北部)で、日本軍が多数の中国人を殺害した平頂山(へいちょうざん)事件について「南京事件など、その後の残虐行為の原点と言うべき事件」と指摘。日本は事件を隠し、関係者も処分しませんでしたが、「処分していれば、その後の歯止めになりえた」と述べました。
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 平頂山事件の発端は32年9月15日、撫順市郊外の炭鉱で、職員ら日本人5人が中国人ゲリラの襲撃で殺されたことでした。日本軍は翌16日、ゲリラのの侵入経路にあった平頂山村の住民らがゲリラと通じていたとして、多数を殺害。死者は日本軍関係者によると700〜800人。中国側の発表で3000人とされました。
 井上氏は中国人生存者が東京地裁に起こした損害賠償請求訴訟で、2004年に研究者として証人を務めました。地裁と二審の東京高裁は賠償を棄却しましたが、虐殺の事実は認定。この判断は06年に最高裁で確定しました。井上氏は「日本は不都合な歴史も直視するべきだ。加害を認めることで、原爆など日本の被害も世界に伝わるのではないか」と述べました。(「問い直す 戦争70年の視点ー東京新聞特集)
 

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