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zoom RSS 松山善三さんとコスモスの季節

<<   作成日時 : 2016/09/05 06:32   >>

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 「一本の鉛筆」の作詞者、松山善三さんが逝った。91歳で老衰だったというから天寿を全うしたと言えるのかも知れない。それにしても今年は大橋巨泉、永 六輔さんと次々に他界し、昭和が遠くなってきた。昨日の東京新聞の「筆洗」に目がとまった。高峰秀子さんとコスモスが現れる。

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 主演が決まった映画の題名を聞き、女優は身構えた。「怪奇映画じゃなかろうか」。映画の題名は「二十四の瞳」(1954年、木下恵介監督)。女優さんとは高峰秀子さんである▼教師と12人の子供たちとのふれあいを描く不朽の名作。とんだ勘違い。しかも、この映画で高峰さんが出会ったのは怪奇映画の怪物どころか将来の伴侶。先月亡くなった映画監督の松山善三さんである。91歳▼ろうあ夫婦の「名もなく貧しく美しく」(61年)、サリドマイド薬害の被害女性の「典子は、今」(81年)など困難な立場にある方々を優しく見守る作品の数々。お名前の通り、人間の「善」や、強さを信じるタッチをお持ちだった▼
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 「二十四の瞳」では助監督。当時、高峰さんには実はもうお一方、結婚の「候補」がいた。裕福で明るいお坊ちゃん。対する、松山さんは父親が失職し、母親は病気で、「貧乏で苦労している」。分が悪そうである▼高峰さnも当時、お金で苦労していたが、「お金のような面倒なものは最初から無い方がサッパリしている。私の心は簡単に松山善三にかたむいた」。どこか松山作品につながる逸話である▼高峰さんは万が一、松山さんに先立たれた場合、棺(ひつぎ)に松山さんの好きなコスモスを入れたいと書いていた。そして善三さんは秀子さんの元へ旅立たれた。そろそろコスモスの季節である。
】美空ひばりが歌った反戦歌、「一本の鉛筆」「八月五日の夜だった」はいずれも松山善三さんの作詞である

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