満州っ子 平和をうたう

アクセスカウンタ

zoom RSS 戦後72年 「平和の俳句」 ー5−

<<   作成日時 : 2017/02/05 05:48   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 「平和の俳句」2月の第1週。恒例による冒頭の一句は昨年12月8日の朝刊(東京新聞)に掲載された特集号から一句紹介しよう。私と同じ齢(84)の東京・狛江の伏見恵子さんの作品。満洲での苦難の思いを詠んでいる。
画像
  草も枯れ みたま寒かろ 満蒙の秋
      伏見恵子(849 東京都狛江市

 
冬は氷点下30度にもなる旧満洲北部にいた伏見さんは開戦の日、ラジオから流れる雑音だらけの放送を両親と
3人で聞いた。「大変なことになった」と言った」と言った父の声と、黙って抱き寄せ、頭をなでてくれた母の手の温かさを思い出す。
 穏やかな暮らしが激変したのは、終戦の直前。じたくから鉄道で一日以上かかる首都・新京の女学校に在籍していた伏見さんは、夏休みの帰省から新京に戻ると旧ソ連参戦を知る。同行していた母が自宅へ引き返した数時間後、避難指令が出て列車に乗せられた。


画像
 両親と離れ離れになっったまま、終戦の翌年の1946年に帰国した。父の死を知ったのは、それかた9年後。終戦前日、旧ソ連軍に民間の日本人が多数殺されたとされる葛根廟事件で亡くなったと国から通知が届いた。当時の隣人によると、逃げる途中に旧ソ連の戦車にひかれ、母と伏見さんの身を案じながら亡くなったという。母の消息は今も不明のままだ。

    遺族の気持ち 米も同じ
 
 父や母のように、いまだ遺骨も祖国に帰れぬ人たちを思い、「草も枯れ みたま寒かろ 満蒙の秋」と詠んだ。
 安倍首相の真珠湾で息子を失った米国の母親の本を読み、戦争で家族を失った遺族の気持ちは同じだとおもった。もし供養になるならば・・・」と話した。
 戦争は二度とあってはならないが、今の日本は戦争への道を歩いているように感じる。「いずれ戦争を知らない人たちばかりの日本になる。その時どうなるのか。不安でしょうがない」


ちからなく終わるいのちのいとおしく 遠藤秀賢(67) 東京都世田谷区 2017・1・29

】<いとうせいこう> 寺の住職が教えてくれる人生への慈しみ。力なく終わる命に注ぐ優しい視線こそが、終わった命を輝かせる。平和に死す者への賛辞。

戦争に慣れてはならぬ冬の星 瀬川令子(55) 三重県大台町 2017・1・30

】<金子兜太>「戦争に慣れ」るとは、言語道断だが、武器輸出でひとりもうけをたくらんでいる者たちには忘れられないこと。

戦争を語れば父に衝き当たる 日下温子(79) 東京都町田市 2017・1・31

】<いとうせこう> 散文として受け止めても詩として読んでもいい句。大きな歴史は小さな個人を貫いて存在し、個人を翻弄する。そこを衝き当てたい。

あの時も反戦貫く人が居た 池野武行(72) 愛知県一宮市 2017・2・1

】<金子兜太>15年戦争と称された、昭和の初めから敗戦までの15年間も「反戦貫く人」がかなり居たことを忘れてはいけない。いや、忘れないのは義務だ。

冬月光不戦の一句立ち上がる 溝口玲子(80) 埼玉県入間市 2017・2・2

】<いとうせいこう>美しく毅然と冷静に、そしてまたひっそりと静かに一句が立ち上がる。むろん思いがそうさせているのであり、それは月光と同調する。

絵本読む母百五歳孫五歳 川瀬玲子(72) 浜松市中区 2017・2・3

】<金子兜太>1世紀差の母と孫。五七五のリズムのあいだをゆっくり、と。 <いとうせいこう>読み継がれる絵本、つながる平和の時、書き留めるのは72歳。

霜柱土もちあげる平和かな 荒井良明(68) 東京都豊島区 2017・2・4

】<金子兜太> 霜柱はしっかりと土を持ち上げて、冬を伝えている。「ごくふつうの自然の営みが、普通に営まれていることが自然」。すなわち平和。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
戦後72年 「平和の俳句」 ー5− 満州っ子 平和をうたう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる