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zoom RSS 座談会 回想の『満洲公主嶺』3部作 B

<<   作成日時 : 2017/04/03 05:38   >>

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 −『ビデオ』は石倉さんが1993年に訪中したとき、『公主嶺小学校の思い出』としてVHS(1時間2分)にまとめたものが、元になっている。同窓会で希望者に複製して頒布すると発表したところ、22人を超える申込者があった。

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     100年の変貌を語る『ビデオ』 

 石倉 1996年の第4次訪中にも参加して、鮫島通り、農事試験場、陸軍病院などを撮ったが、あくまでも旅行の記録としてのものだったから、市街地はついでだった。
 −しかし、それがきっかけとなって、第5次訪中団のビデオ撮影に発展したわけだから、、石倉ビデオの果した役割は大きかった。 
 土屋 高齢で公主嶺にいけないから「せめてビデオで現在の公主嶺の姿をみたい」という声が多数寄せられた。そこで小学校を中心とした訪中記録としてのビデオではなく、もっと範囲を広げ、現在の公主嶺の町全体が分かるように編集して、記念誌、写真集に続く3部作のビデオを制作することになった。

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 −私は体調を崩して参加できなかったが、1998年5月の第5次訪中団に静岡の杉山兼弘さんが参加して、主として鉄道南の商店街の撮影を担当してくれた。鉄道北の方は天笠文弥委員(29回生)と土屋洸子委員(37回生)が分担した。杉山さんは、静岡の訪中団が長春に行ったとき、『記念誌』を中国語に翻訳した夏雲さんと知り合い、その縁で公主嶺にもつながりができたと聞いている。
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 土屋 その年の9月に「公主嶺第一中学建校50周年祝典」が行われ、このときにビデオ撮影をして足りないシーンを追加したが、このとき伊藤さんから頼まれた撮影場所は、A4版で8枚になった。
 ービデオ・フィルムのカットをつなぐ編集は、杉山さんの「にしきスタジオ」で、9月と10月に2回、11月と12月に1回、それぞれ3〜4日かけて行い、100時間以上の時間がかかった。亡くなられた愛川和子さん(32回生)は、そのほとんどのナレーションを入れるため、御殿場から静岡まで通われたわけで、大変なご苦労だったと思う
 土屋 編集は28本あったフィルムのなかから、適当なシーンを選んでつないだのだが「私の家が写ってなかった」か、「ロス建ての説明ばかりだった」とか、かなり不満もあったように聞いている。
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 −会報45号に載った磯田一雄さん(成城大学名誉教授)の「旧満洲でのロシア遺構の意義」に言い尽くされていると思う。  → 
 土屋 『記念誌』、『写真集』の管理・発想は小久保博司委員(36回生)事務所の岡崎やえ子さんの協力を受けた。月1回の編集会議は井本稔委員(39回生)の上野ターミナルホテルのお世話になぅた。改めて感謝したい。

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