満州っ子 平和をうたう

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<<   作成日時 : 2008/08/07 14:24   >>

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 「自爆テロもとをたどれば特攻隊」という川柳をある新聞の文芸欄でみて思わずクギづけになりました。自爆テロと特攻隊は同義語としてさげすんだのか、それとも大義に生きる人間のルーツは「日本にあり」と称賛したいのでしょうか。

 自爆テロとは異なる特攻隊 平和こそが彼らの真の遺言

 十月になると必ずといっていいほど思い出します。昭和の戦争史を振り返ってみましょう。フィリピンはレイテ湾に日本の未来を願い、若者たちが帰りの燃料がない戦闘機に乗り特別攻撃隊の先駆けとして突っ込んでいった日が昭和十九年十月二十五日でした。

 あれから六十年、暦でいえば還暦です。その一年前の十月二十一日、昭和初期の世代の人なら忘れもしない神宮外苑での雨の学徒出陣壮行会に参列した学生たちの何人が帰ってきたでしょうか。

 私の兄も神風特攻隊で戦死、二十一歳でした。手元に彼の同期生が戦後間もなく編集した遺文・遺稿集(「雲流るる果てに」)があります。ほとんどの遺文は、母を慕い、妻をいたわり、娘を励まし、故郷を懐かしみ、この国の行く末を思いやるものばかり、心にせまります。

 読むほどに彼らの悲哀が伝わります。彼らの多くは気負いもなく、淡々として、当時の若者としてはほかに選択肢のない道を進んでいったのです。ごくごく普通のひとりの人間として・・・。

 今、憲法を「改正」する動きが加速されていますが、「平和憲法」を守ることは、残された者のやることの権利と義務なのではないでしょうか。なぜならそれが彼らの真の遺言だったからです。
 自爆テロと特攻隊は同列に論じてはなりません。(2004年10月19日・東京新聞「ミラー欄/永井至正記)
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 特攻隊は無駄死にだったか?
 
 「主観的には純粋でありながら、客観的には無駄であった特攻隊の死。その矛盾をはっきりとらえられた時、はじめて悲しさが無駄でなくなる」(家城巳代治=映画1953年作品・「雲流るる果てに」の監督
 「戦争美談にも、特攻隊は無駄死にという意見にもくみしない。等身大の姿を描きたかった」(毛利恒之=映画1993年作品・「月光の夏」の原作・脚本家)

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