満州っ子 平和をうたう

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zoom RSS 雲流るる果てに G

<<   作成日時 : 2008/09/13 08:57   >>

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(前回よりつづく)緒方 襄さんの前のページに緒方 徹中尉の書き置きがあります。二人は兄弟です。兄徹さんは詩をよくしました。そこには母への思いが切々とつづられており、胸にせまります。あの大戦中、多くの日本の家庭でそうであったように子どもを奪われた母親の気持ちはいかばかりだったか、はかりしれません。

 人の世の不条理と人間の性(さが)の悲哀を揶揄するような

 同時期に二人の子息を失った緒方兄弟のお母さん、その知らせを受けて悲しみ、絶望、慟哭・・・私どもの想像の域をこえています。込み上げてくるものを抑えられません。本書に掲載されている五十九編の遺書、遺文を丹念にたどってみました。「歴史教科書」を執筆した人たちに都合のいい皇国史観を彷彿とさせるものは僅か、それも当時では常套句だった『悠久の大義』『靖国神社』『天皇』などの文言が散見されるだけです。
 ほとんどの遺文は、母を慕い、妻をいたわり、娘を励まし、故郷をなつかしむものばかり、心にせまります。中には人の世の不条理と人間の性の悲哀を揶揄するようなものもあり、苦笑をさそわれます。

 残された者のやることは「平和を守り、次の世代に語りつぐ

 いずれにしても、彼らは気負いもなく、むしろ淡々として、当時の若者として選択肢のない宿命(さだめ)の道を走っていったのです。胸をうちます。残されたもののやることはただ一つ、『平和を守り。次の世代に語りつぐ』です。(この稿・2002年6月22日ー永井至正)
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   思 ひ 
 遺書でも書いておかうと
 静かに想ふ日が続く
 心が豊かといふでもない
 といって
 気が荒んでゐるのでもない

 ハンモックの小さな寝屋に身を沈める時
 己の死の際の有り方を
 いろいろ考へる夜が多い
 そういふ時に
 母と弟妹(はらから)の優しさが
 しみじみと体を包んでくる

 静かな一時
 分からぬまゝに 遺書でも書いておかうかと思ふのだ

 緒方 徹海軍中尉・京都大学法学部・熊本県出身/昭和19年12月二十五日、ミンドロ島サンホセ攻撃で戦死、25歳

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