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zoom RSS 特攻1号は海兵出身でない

<<   作成日時 : 2009/10/23 08:37   >>

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昭和19(1944)年10月22日〜23日、関行男大尉(海兵70期)以下5名の敷島隊がマバラカット飛行場から出撃したが天候不良で帰還した。24日セブ基地から出撃した久納好寧中尉(第11期予備学生)及び26日クラーク基地から出撃した植村眞久中尉(第13期予備学生)がレイテに突入した旨入電があった。(第13期海軍飛行予備学生誌)
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  海軍の面目にかかわるから、 
  第1号は海兵出身でなければ


 植村は第1神風特攻大和隊の艦爆、ゼロ戦5機を指揮してセブを飛び立ち護衛空母スワニーに突入、大破炎上の戦果をあげている。13期特攻の第一号であった。事実上の特攻のトップである久納中尉の場合「直援機未帰還のため戦果不明」という電報だった。

 25日出撃し、突入に成功し戦果が帰還した直援機によって報告された敷島隊の関大尉が第一回特攻隊として発表された。海兵出身者を第一回として発表しなければ当時の海軍の面目にかかわるとあって、予備学生出身者を先に発表出来なかったのが事実であった。

 我々としては何れ順番に行くのだとしか考えておらず、いろいろ書かれているような感情、気負いは一切なかった。


          恐るべし 「もう帰ってくるな」

〕神風特別攻撃隊先陣の名称は本居宣長の「敷島の大和こころを人問わば朝日ににおう山桜かな」の敷島・大和・朝日・山桜をとっているから関行男大尉指揮の敷島隊は第一陣のはずだが、同隊は10月21日から三度出撃した。だが悪天候による索敵不能でその都度帰投している。四度目の25日は全機突っ込んでいった。そのときの出撃に際して基地指令は「もう帰って来るな」と言い渡したという。

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