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zoom RSS 「雲流るる果てに」 −5−

<<   作成日時 : 2010/01/09 05:30   >>

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小島 博 [こじま・ひろし] 東京第一師範ー北海道出身ー昭和20年4月12日沖縄方面、特攻ロケット「桜花」搭載の一式陸上攻撃機上で戦死。海軍中尉、22歳。(注)この手紙はピアノ教師であった彼が在職中その教へ子たちに寄せたものである。(31頁)

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  教 へ 子 に

 お約束のお話遅れてごめんなさい。さあ始めませうね。
 こゝは飛行場です。緑の芝生が目の届く限りどこ迄も遠く続いてゐます。みなさんが見たら広いのできっとびっくりすることでせう。
 それから発動機の音があんまり大きくてうるさいので、耳がつんぼになってしまうかも知れません。さうなっては大変ですから耳をふさぎませう。
 おや、それでは面白いお話も一寸も聞こえませんね。
 やっぱり私達と同じ様にうるさくても平気な顔をして居ませう。慣れると何ともありませんよ。
 目の前にづらりと並んでゐるのは私達がこれから乗る飛行機です。発動機の二つもある大きな立派な飛行機です。
 さあこれからあの真青な空にそびえ立って居る白いむくむくとした入道雲の側に行ってみませうか?
 向ふの方に荒鷲が沢山集まって居ますからそれを見ませう。
 口をきりゝと結んで目を光らせて飛行服、飛行帽、飛行靴に身を固めた真黒い顔がきちんと列を作って並んでゐます。この中にはみなさんのお兄さんが居るかも知れませんよ。一番前にゐる背の高いのは誰かな?みんなの飛行服が油と汗で大部汚れてゐます。毎日一生懸命訓練するからです。
 勇ましい元気な顔々々「ようし! やるぞ!」あの一文字に固く結んだ口はかう言うでせう。
 「気を付け」「掛れ」私が力一杯号令をかけました。
 頭の飛行眼鏡がきらりと光って、いっさんに飛行機の側に走って行きます。熱いのでもう汗ぐっしょりです。

 
 私は右手を高く上げました。「出発」の合図です。発動機は一段と高く唸り出し、プロペラは目にも止まらぬ早さで回り出しました。地面がゆっくりと動き始めます。見るみるうちに速くなり、あたりのものが矢のやうに後へ見えなくなって行きます。然し未だ地上を離れません。まだまだまだまだ。
 もう大丈夫です。充分に速力のついたところで操縦棹を少し引きました。スーと飛行機はもう小さくなって飛行機が豆粒のやうに見えます。
 いつの間にかすっかり汗が引っこんで、下にゐる時出た汗のため服が冷たくて気持ちが悪いのです。けれど涼しい飛行機はいゝなあと思ひます。飛行機の中では今、皆が全神経を働かせて緊張し、夫夫の持場々々で仕事をしてゐます。

 だからかうして飛行機はゆうゆうと波の上を飛んでゐるのです。もし一人でもずるい考えを起して自分一人くらひ怠けても良いだらうと居睡りでもしたら、さあ大変です。帰るところが分からなくなったり、プロペラが止ったり、或はお互に空中でぶつかったりして大事な飛行機をこわし、多勢の人が戦争にも行かず死んでしまったりします。そんな事をしては、天皇陛下に申し訳ありません。ですからみんな必死です。

 ブーンブーンがっちりと翼を張って南へ南へ真直ぐに飛んで行きます。
 青い海に太陽が反射して、波がきらきらと美しく輝いてゐます。
 では又ね。お元気で。

 皆 様 へ                                        小島 博

【解説】

@一式陸上攻撃機=双発機、乗員7名、昭和14年10月から試飛行、大戦勃発時には150機以上、戦争末期は  「桜花」(自爆機)の母機となる。生産数2416機。
A山本五十六元帥の乗機。昭和18年4月、ブーゲンビル島上空で撃墜され、戦死。
B航続距離抜群の攻撃機。多量の燃料を積載するためにタンクを大きく、外壁を薄くしたため数発の銃弾で発火し たという。米軍は葉巻に似た外形からこの機のニックネームを「ライター」といった。

 

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