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zoom RSS 「雲流るる果てに」−15−

<<   作成日時 : 2010/01/31 06:48   >>

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青木牧夫 [あおき・まきお] 高知師範ー高知県出身ー神風特別攻撃隊第三御楯隊、昭和20年4月16日、沖縄方面にて戦死、23歳。注・搭乗機はゼロ戦 (「雲流れる果てに」ー98頁)

  祖父を懐ふ
 
 拝啓
 御祖父様御病気の知らせを聞きましてあまり意外の事に夢のやうでなりません。私はこの歳に至るまで親代りにそれ以上に可愛がられて来た事を思ひ、またこの度の御病気との知らせを聞くと全く身に沁みる痛手です。特に私は随分長らく病気の為、御祖父様には随分御心配をかけました。御祖父様の健康なる間はとかく孝行もおろそかになり、特に病中はすまぬすまぬと思ひながら何時もわがまゝばかり申しまして全くすまない事でした。

 然しこれも御祖父様のあまりにも大きな愛にあまえてゐた私達とお思ひ下さい。思へば幼い頃より一日の休みもなく働きなされる御祖父様のひざもとに育ち、或は朝早くから荷車を引いて野菜を遠くまで売りに出られる姿を見、日暮れて、田畑より帰られる尊き姿を見、一日のつかれをあのなつかしき思ひでの「風呂」にて休められる元気な御祖父様は全く私達に取って幸福のかぎりであり家の柱でありました。

 ある時ははるばる高知のサーカスにつれて行ってもらひ、或はシナネ様につれて行ってもらひ、幼き時の幸福が限りなくこみあがって来て有難さに涙ぐんで来ます。近くはあの町田病院に殆んど毎日のやうにはるばる自転車を運ばれ、全快を我が事のやうに喜んでゐられた事を思ひますと、遠く離れた此の地で唯じっとしてゐられなく唯神に全愈をひたすらお祈りするばかりです。どうか誠心通じて全快されますやうに、お祖父さん何時もの元気を出して下さい。


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 お母さん随分御心配でせう。僕もお祖父さんには身に沁みる恩恵を受け、育てられて来ましたのでこれに勝る心配はありません。私入隊以来最大の幸ひは、家の者の健在なりとの手紙でありました。それでこそこれ迄も何一つ心配もなく一生懸命精出して来ました。それだけに意外な思ひでした。然し歳は歳でも元気なお祖父さんですから、必ずなほらねばならんと信じてゐます。

 遠くにいて何の孝養も出来得ないのは実に残念でなりませんが、お母さん雄三と一緒にあらん限りの孝養をして下さい。僕に代ってやって下さい。僕も在郷中はお母さんにはよく御承知の通りで、何も出来ず何時も済まぬと思ひながら過して来て、今は御国に捧げる身体となりました。元気で一生懸命努力精進してお祖父様やお母さんに喜んで戴き度いと思って居りました。

 今では飛行機も増々上達して来ました。戦地に行く迄には、一度や二度は家に帰る機会もありませうから、その時には皆の元気な姿を見、また私の元気な軍服姿もみて戴かうと思って居りますので、お祖父様にも必ず癒ってもらはねばなりません。その中には兄さんも帰ってこられるかも知れませんから。

 私達一番の幸は皆の健康な姿です。お母さんもあまり心配してお体をこわさないやうにして下さい。弘田さんにもたのんで置きますから。

 ではお祖父さんの事はしっかりお願ひします。雄三にもよく世話してあげるやうに申して下さい。

  手紙有難う御座いました。                           敬具

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