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zoom RSS 「雲流るる果てに」−17−

<<   作成日時 : 2010/02/02 06:31   >>

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野崎文太郎 [のざき・ふみたろう] 慶応義塾大学ー愛知県出身ー昭和20年5月7日、中部地方にて殉職、ゼロ戦搭乗、24歳。「雲流るる果てに」・(109〜112頁) (注) 先の大戦で戦没した慶大の学生、卒業生は2223人といわれている。
▼終戦直後の丘の上・図書館
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  詩 二 篇

目覚むれば旅寝の床に
さらさらと筧の水の音
独り静かに耳を傾ける

人生は流転尽き歇まず

末は永劫の大海なれど
われは先づさゝやかなる
この現世の道を進まん

水音はまだ続いてゐる

      (17年・3月・19日 入隊前)

  酔 後

私は昨夜したゝか飲んで酔った
そして 私は今
私が飲んでよかったと思ふ

もし飲んでゐなかったなら
私は彼女と対して坐ってゐる
きっと黙り込んでしまったに違ひない

そして沈黙の中に
見ずには居られぬ
あの耽美の衝動に駆られるまゝに

あのヴィナスの彫刻を
私の心に刻みつけてしまったかも知れぬ
その上 彼女にそれを感じさせてしまったかも知れぬ

私は彼女と心の触れ合ふのを恐れてゐる
何故なら 私はそれによって幸福を得るだらう
しかし彼女は・・・・・・


わが女神は何も得ないのだ
私はそれを恐れてゐる
その耐へ難きを思って私は酔ったのだ

そして私は陽気になった
何の拘りもなく 彼女と笑ったのだ
朗らかな酔ひだった

唯然し 今
独り坐ってゐる私が想ひ出す
酒の味は苦い
    (18年・1・9)

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〔慶應大学出身者と第13期予備学生〕
 
 私(永井至正)の調べによると昭和18年9月、志願して土浦・三重海軍航空隊に入隊した慶應関係者は総勢158人、内戦没者は51人。野崎文太郎中尉もその一人です。私も同大学卒業(1955年)だけに彼らに対する思いはつのります。

 上写真は三田・「丘の上」の戦没学生の青年像



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