満州っ子 平和をうたう

アクセスカウンタ

zoom RSS 「雲流るる果てに」−30−

<<   作成日時 : 2010/04/12 05:31   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

古橋雅夫 [ふるはし・まさお] 中央大学ー東京都出身ー昭和20年8月3日、フィリピン残留陸戦隊として戦死、20歳。(「雲流るる果てに」175〜177頁) 注・29号掲載の達夫は双子の兄。

    感  想 手紙
 
 拝啓

 当地へ転任して来たのもはや二週間前、始めの中は慣れなかった水に腹も悪くしたが、今は己に慣れてしまひ食欲も旺盛になって来た。
 そればかりでなく食物に慣れるにつれ、めずらしかった当初の感じも次第に薄れ隊内に居っては内地も此処も」変わらぬ。
 内地では春ともなれば櫻も咲き揃ひ春霞み、うとうとするやうな暖かい日射、猫は鼠を捕ることを忘れ、人間は借金のあることを忘れるやうな気候。
 此方は真夏の浜辺の日中輝りつけるやうな日光、大地もこゝ二週間ほど降らぬ雨のため乾き切り、草も乾枯び、南国特有のみづみづしい美しさも失はれてゐる。このため流石に私のやうな黒坊でも、肩のところが少しひりひりするやうな始末。

 故にこゝよりは内地の方が住みよいですが、ほんの二ヶ月であったとはいへ、より以上に台湾の方が住みよいのではないかと感じます。高雄に於ける訓練も僅か二ヶ月の短期間ではありましたが、娑婆では考へた未知の台湾高雄も今は一生の思ひ出として印象に残るでせう。台湾の物資の豊富なことは台湾に着いた当初強く感じては居りましたが、この内地より物資が少ないやうな当地へ来てつくづくと感じて居ります。


画像 
 今、私が読んでゐるある本の一節に
 「さて坂を下り菓子屋の角を曲るともう国民学校へ出た・・・・・・・・・
 三年前には未だなかった道である。然しそこ迄来るとバサン!バサン!湖の波の音が聞えて来た。
 湖を渡って冷い風が吹いて来た。白い雪の高山に囲れた蒼い湖水はその静まり返った姿を夕闇の彼方に横たへてゐた。」
 この一文を読んで、この一節は何処の景色を描写したかお分りになると思ひます。
 この本は坪田譲治作「山国」といふ本で、懐しい野尻湖を背景とし、又その登場人物も付近の山の名を用ひ(野尻夫人、妙高家、飯綱のおやぢ、班尾の平治等)一度行きたかった冬の野尻湖を描いて居ります。

 あまりの懐しさに二度三度読み返す中に野尻湖の冬景色が、恰も以前にみた事があるかの如く眼前に浮んできます。

 今この本を読み、このやうに感じ、又これに書き連ねたからといって、決して郷愁に馳られたのでも何でもありませんから決して御心配なく。唯この午睡の時間に余り昼寝をしたことのない故か、一人寝られぬまゝに少しでも緊張した気分を休め、午後の課業の鋭気を養ふための気休めに過ぎません。そのつもりで読んで下さい。

 回顧すれば友達八人と野尻湖畔にて鍛練してゐた時、真夜中に家からの電話で驚かされ張切って家に帰った事、予科で教練の最中三重入隊の電話で喜び勇んで家に帰り御神酒をいただいた事等・・・

 これらの事は全てもう二三年以前のやうに思はれもし、又今年のやうにも真近に感ぜられます。もう少し何か書くつもりでしたが、急に明日内地行きの便が出ることになりましたからこの位にして筆を置きます。では御一家御一同様によろしく。

  
    (入隊に際し)
 
 死の悪魔も此の服と共に去った
 自分の任務も定まった
 一路邁進する
 皆よ明朗なれ 正実なれ
   
  (編者註・古橋達夫、雅夫兄弟は双生児で共に戦死した)

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「雲流るる果てに」−30− 満州っ子 平和をうたう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる