あのとき歌った この歌 -23-

日本で唯一の住民が地上戦に巻き込まれた沖縄戦。三カ月にわたった戦闘で多くの住民が死んで行った。なかでも68年前の今日から明日(6月18~19日)にかけて、多くの兵士たちの看護にあたっていた、あのひめゆり学徒隊の多くの乙女たちが自決していったという。

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 その乙女たちが卒業式で歌った「別れの曲」(相思樹の歌)が胸に迫ります
 
     「相思樹の歌」(相思樹の歌) 
   
      -ひめゆり卒業生に送られた歌ー 
 
 目に親し 相思樹並木
 行き帰り 去り難けれど
 夢のごと 疼き年月の
 行きにけん 後ぞくやしき


 歌手の佐藤真子さんは07年原宿で開かれた「平和への想い」コンサートでこの歌をうたい、聞き入る来場者の哀感をさそいました。6月23日は沖縄日本軍の組織的抵抗が終わった日。生き残ったひめゆりの彼女たちは今年もまた「塔」の前で涙し、歌うことでしょう。

リンク】相思樹の歌
 http://38300902.at.webry.info/200906/article_20.html

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この記事へのコメント

  • 龍ヶ崎

    もう今では あの敗戦の事に触れるのは 黎明八月十五日前後の
    ほんの 僅かな 何日かに なってしまいました。
    沖縄の様な戦場にはならなかったにせよ、日本中の一人一人が
    戦闘状態の何日間か であったわけです、長崎の地や 広島の地
    は 逃げる場、逃げる間さえも 与えられる事無く 抹殺された 
    ・・・・・これが 戦争なんです、そう思いました。
    2013年06月18日 14:40

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