特攻隊員の言葉 世界に伝えたい

一昨日(2月5日付)の東京新聞朝刊が、二面に南九州市が知覧特攻平和会館に所蔵されている特攻隊員の遺書333点を、世界記憶遺産に登録、申請したことを報じている。全文を紹介しよう。

▼知覧平和会館で特攻隊員の遺書に見入る来場者
画像
         特攻隊員の遺書 
       世界記憶遺産に
    
        南九州市、ユネスコに申請

 鹿児島県南九州市は4日、市立知覧特攻平和会館に収蔵する特攻隊員の遺書=写真(下掲)、知覧特効平和会館提供=など333点の世界記憶遺産登録に向け、国連教育科学文化機関(ユネスコ)本部に申請書を郵送した

画像
 平和会館は特攻隊員の遺書や写真1万4000点を収蔵。うち本人名や部隊名が書かれ、直筆と確認できた家族宛ての手紙などを申請する。会見した霜出(しもいで)勘平市長は「明日、命はないという極限の状況で隊員が残した真実の言葉を保存・継承し、世界に戦争の悲惨さを伝えたい」と話した。

世界記憶遺産は世界の人々の記憶にとどめておくべき重要な文書、絵画などの保護と振興を目的にユネスコが創設。フランスの「人権宣言」やオランダの「アンネの日記」など299件が登録されている。

画像
【追記】
●先の大戦末期、鹿児島県の陸軍・知覧基地から若者が搭乗した数多くの特攻機が飛び立った。彼らはすぐ目の前の開聞岳・薩摩富士に手を振りながら旋回し、日本に別れを告げて逝った。
●私が知覧の「平和記念館」に行ったのはちょうど15年前、館内には、15~20歳のあどけない顔も見られる少年たちの遺影、その下には書かれた遺書。一人ひとりの顔を見つめ、家族に宛てた手紙を読んでいくうちに、あたりはばからず思わず涙した。その日は好きなビールも口にする気になれなかった。

●私の兄も神風特別攻撃隊の一員としてフイリピンで戦死、以下は関連のページ。1
 http://38300902.at.webry.info/theme/4d2c6dd9be.html
 http://38300902.at.webry.info/theme/723036ec63.html

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント