コラム「雲流れる」永井至正⑤

「自爆テロもとをたどれば特攻隊」という川柳をある新聞の文芸欄で見て思わず釘づけになりました。自爆テロと特攻隊は同義語としてさげすんだのか、それとも大儀に生きる人間のルーツは「日本にあり」と賞賛したいのでしょうか。

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 10月になると必ずといっていいほど思い出します。昭和の戦争史を振り返ってみましょう。フイリピンはレイテ湾に日本の未来を願い、若者たちが帰りの燃料がない戦闘機に乗り、特別攻撃隊の先駆けとして突っ込んでいった日が1944(昭和19)年10月25日でした▼あれから60年。歴史でいえば還暦です。その1年前の10月21日、昭和初期の世代の人なら忘れもしない神宮外苑でも雨の学徒出陣壮行会に参列した学生たちの何人が帰ってきたでしょうか▼私の兄も神風特別攻撃隊で戦死、21歳でした。手元に彼の同期生が戦後間もなく編集した遺文・遺稿集(「雲流るる果てに」)があります。ほとんどの遺文は、母をしたい、妻をいたわり、娘や息子を励まし、故郷を懐かしみ、この国の行く末を思いやるものばかり、心にせまります。

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▼読むほどに彼らの悲哀が伝わります。彼らの多くは気負いもなく、淡々として、当時の若者としては、ほかに選択肢のない道を進んでいったのです。ごくごく普通の人間として・・・。今、憲法を「改正」する動きが加速されていますが、「平和憲法」を守ることは残された者のやることの権利と義務なのではないでしょうか。なぜならそれが彼らの真の遺言だったからです。自爆テロと特攻隊は同列に論じてはなりません。(東京新聞・投稿欄「ミラー」-2004年10月21日 永井至正記)

【特攻隊員は無駄死にか?】●「主観的には純粋でありながら、客観的には無駄であった特攻隊員の死。その矛盾をはっきりとらえられた時はじめて悲しみが無駄でなくなる」-「雲流るる果てに」・家城巳代治
●「戦争賛美も、特攻隊は無駄死にという意見にもくみしない。等身大の姿を描きたかった」ー「月光の夏」の原作者・毛利恒之

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