満州っ子 平和をうたう

アクセスカウンタ

zoom RSS あのとき歌った この歌 −30−

<<   作成日時 : 2014/12/17 08:11   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

日本の敗色が濃くなった1944(昭和19)年、中央大学の学生たちも勤労動員に駆り出され、軍需工場で働いていた。これらの動員学徒にも、次々と召集令状が舞い込み、毎日のように誰かが入隊していった。

画像
 1945(昭和20)年3月、応召する中央大学生の見送りに際して、同じ工場で働いていた東京女高師(現お茶の水大)の女子学生から、一篇の詩が贈られた。 
 
 2.別れと言えば 昔より
   この人の世の常なるを
   流るる水を 眺むれば
   夢はずかしき 涙かな

 
 それは島崎藤村の詩(若菜集)の一部を変えたもの、情感あふれる藤村の詩は、灰色の濃い雲間から射す陽光のように中大生の胸をうち一年生の藤江英輔が曲をつけた。以後仲間を送り出す際、友情と別離の思いをこめ、この歌がうたわれるようになった。
 兄は中大出身ではないが学徒出陣でフィィリピンへ、特攻隊の一員として出撃する際の情景とこの歌が重なる。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
あのとき歌った この歌 −30− 満州っ子 平和をうたう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる