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zoom RSS 「東京大空襲」と 僕のファイル 永井至正 

<<   作成日時 : 2015/03/02 05:34   >>

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権力におもねるような日本のメディアだが、今、地方紙の健闘が頼もしい。「大空襲の集い」でルメイ将軍に日本政府が勲章を贈ったことが紹介されたのでネットで検索した。05年3月10日の「熊本日日新聞」の「社説」がまばゆいばかり。

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    いま 地方の新聞がまばゆいばかり
東京大空襲の指揮官・ルメイ将軍を告発する


 「カ−チス・ルメイ」という名前を聞いて、すぐに「あァ、あの男」と眉(まゆ)をひそめるのは、戦時中に東京の下町でB29の度重なる空襲を経験した人たちだろう▼太平洋戦争末期に、対日戦略爆撃を指揮した米空軍の司令官。敗戦の年の昭和20年3月〜5月にかけて、焼夷弾を満載したB29の波状攻撃で首都・東京は焼け野原となり、ほとんど焦土と化した▼中でも3月10日のいわゆる「東京大空襲」はひどかった。3百数10機のB29による絨毯爆撃。火勢は折からの強風にあおられて、墨田、江東、台東地区を焼きつくした▼1日で死者は約10万人、家を失った人は百数十万人。原爆の直接の犠牲者が広島約14万人長崎7万人であったことと比べても、この空爆の大きさが知れる。一帯に点在する供養塔や慰霊碑が悲劇を今に伝えている▼ルメイ将軍は広島・長崎の原爆投下にも深く関与。戦後、非戦闘員を犠牲にした無差別攻撃が非難されたが、「原爆を落とすまでもなく、戦争は終わっていた」と首都空爆の決定的効果を自賛したという▼10数年前に故人となった彼に、今も根強いわだかまりが残るのは、その回想記にあるらしい。「木と紙でできた日本の民家は、全てボルトやナットなど武器を作る軍需工場だった。それをやっつけてなぜ悪いのか」と開き直っている▼佐藤内閣時代、政府は「航空自衛隊を育てた功績」で彼に勲一等旭日大綬章を贈り、佐藤元首相も引退後にノーベル平和賞を受賞した。「3.10」の不条理に勲一等やノーベル平和賞を重ねると、ほとんどブラックユーモアになってしまう。

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