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zoom RSS 思いだす 「写真集・石碑の誓い」を手にした頃

<<   作成日時 : 2015/03/05 05:19   >>

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年を重ねて、老境の身。余暇を見つけては日記ならぬチラシ風の資料をつづるようになり、ここのところで数百枚(A4版)を超える膨大な数になった。05年3月5日付(ジャスト10年前)の資料を見つけ驚いた。年月日を変えればいまでもフイットするからである。それは、江東の空襲慰霊碑をつくる会の記録誌・「写真集・石碑の誓い」だ。

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      平和を踏みにじる足音高くなってきた
 
 リード風の書き出しがこうである、「あの凄惨な夜から60年。そして『石碑(いしぶみ)に誓って』30年。戦争体験を脈々とつたえつづけてきた人々の齢(よわい)も高齢化。そして私たちの平和への願いを踏みにじるものの足音が高く迫ってきた今だからこそ、戦争の惨禍を次の世代に語りつくさなければ・・・」。「過去の教訓を学ばぬものは同じ過ちを繰り返す」との至言を深く胸に刻み込んで。

      忘れてならぬことに 早乙女勝元
 
 ・・・・・・語ればつたわる。もし、つたわりにくいとすれば、それは語る側にこそ、問題があるのだ。語り手が、今日の平和について真剣に考え、その平和を阻害していくものに対して、まなじり上げて立ち向かっていくだけの気迫を持たぬ限り、戦争体験の伝達は30年前の過去形になってしまう。それでは、子どもたちも信用してくれまい。過去形の戦争と未来の平和にどこかで結びついてこそ、地下に眠る人々の例もよみがえるのだ。


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 私は(江東の女性を中心とする)「江東区空襲慰霊碑を作る会」の運動に、大きな関心をはらわずにはいられない。足かけ4年、せっかく江東区議会で全会一致の採択を見ながら、慰霊碑はまだ実を結ばないでいる。実に残念なことである。今日の時点で、魂のこもった空襲慰霊碑を作ることが、どれほど切実な意味を持つかは、この一冊の写真集が物語ってくれよう。
 忘れてならぬことを、いつまでも、いつまでも、忘れずにいる日本人の一人でありたいと思う。(1976年8月15日=写真集序文から)


】慰霊碑改め「母子像」は1982(昭和57)年3月、江東区役所前に建立された。



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