戦後70年 「平和の俳句」 東京新聞 -20-

続けて、続けている20週目に入った東京新聞の「平和の俳句」。今回の冒頭の句は、一面に掲載されなかった中から同紙・事務局が選んだ2句を紹介しましょう。4月24日付け「平和の俳句」の特集ページ52句からのものです。

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   孤児生きて未だ親の名知らぬまま                           
          田中 和子(72) 埼玉県蕨市
 

 昭和17年、私が生まれたときに父は既に戦士。母も生後三カ月の私を残して病死した。和歌山県海南市の新婚夫婦に引き取られた私は三歳のときに空襲に遭い、多くの人が逃げ込んだ防空壕の中でただ一人助かった。育ての母は私を覆うように抱いて死んでいたという。私はその体験を語り継ぐことが恩返しだと想い、紙芝居や慰霊碑を作る活動をしてきた。

   水槽の弟には無き捜査隊
      矢満田智康(78) 埼玉県狭山市

 
 終戦から一年余り、作者は旧満州から家族と日本に引き揚げたが、五歳の弟は途中で命尽き、水葬されたという。東日本大震災の津波の犠牲者を探す人々の姿に、海に流される小さな遺体と、それを呆然と見ていた自らの姿を浮かべる作者。深い悲しみが胸に迫る。

「あの日から」「あの日」ぼくらは知りたくない 佐伯 遥菜(11) 愛知県尾張旭市 2015・510

】<いとうせいこう>こんな見事な言葉の使い方を小学五年生が。その日をどこと取るかは我々読み手次第。しかし子供の不安、思いはよく伝わる。

啓蟄や這い出してきた鉄兜 中村 攻(73) 横浜市鶴見区 2015・5・11

】<金子兜太>春が来て蛇や蛙が穴から出てきた。「鉄兜」もああ気味悪い。 <いとうせいこう>この不気味な感覚。ぞろぞろと音までしそうなホラーが現実的だ。

赤紙が女性にも来た春の夢 安藤 洋文(74) 愛知県美浜町 2015・5・12

】<いとうせいこう>男女同権である以上、女性は銃後だとはもう言えない。前線にも立つ。 <金子兜太>大変だと跳び起きた春の夢。女性も銃をとれ把れと礼状が来たのだ。

無言館に霊留め置くや蝉しぐれ 鷹羽 正明(65) 三重県東員町 2015・5・13

】<金子兜太>長野県上田市にある戦没学生の絵は、無言の抗議を今も伝えている。蝉しぐれに囲まれた講義の声は戦争を憎み、恋人を想う。

初蝶や笑い声する方に行く 美斉津真弓(61) 群馬県安中市 2015・5・14

】<金子兜太>この和やかな日常が大事と誰も想うはずだ。平和が第一。 <いとうせいこう>蝶の偶然をなるほどと納得するのは人間らしさ。笑い声が似合う。

青酸カリ配られしこと敗戦忌 白井みつゑ(88) 静岡県磐田市 2015・5・15

】<いとうせいこう>自決を要求された戦争末期。それは国民を救う戦争であったのか? <金子兜太>何時でも死ねる覚悟を強いられていた戦争だった。平和尊し。

国境を描く人間渡る島 高山 裕貴(23) 横浜市緑区 2015・5・16

】<いとうせいこう>国境は常に人間が勝手に作るもの。それを軽々と越えてしまう鳥は、本来国家はフィクションだと教えてくれる。地球の常識を。

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