「私の戦後70年」東京新聞ー発言 ⑥

東京新聞が年初来、毎月第四金曜日の「発言欄」で特集している「私の戦後70年」。今回で6回目。いつものように6本が掲載されている。その内の一本というといずれも捨て難い力作だが、今回は福井大空襲の壮絶な光景を描写した体験談を転載する。

画像
      大空襲一夜で町が消えた
            若葉 淳(77)  
                 (東京都町田市)

 
 米軍が投下した照明弾が夜空を真っ赤に染めた。その中を、大型爆撃機B29の編成が、黒いシルエットになり飛行しているのが見えた。当時7歳だった私は、恐怖心よりも好奇心の方が強く、上空を見上げていると、母が無言で私の頭を強く押さえ付け、水田の中に身を伏せた。
 1945(昭和20)年7月19日深夜にあった福井大空襲は、福井市街地の95%を焦土と化し、死者千六百人というすさまじいものであった。
 やっと空襲が収まり一夜が明けた。母は2歳の弟を背負い、私たちは自宅の方角に歩き出した。その途中、大きな川の堤防を歩いた。黒く焼けた材木が無造作に積み上げてあるのが見えた。だが、近づいてみると、それは焼け焦げて炭化した遺体の山であった。それは、男女の判別もできなかったが、頭部や手足がかろうじて人間の形を保っていた。
 私たちはその場を離れ、自宅に急いだ。しかし、そこにわが家はなかった。目にしたのは、町全体が一面焼け野原になった光景だった。

 
 
 

この記事へのコメント