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zoom RSS 満洲・公主嶺小同窓会誌 第8章 エピソード −10−

<<   作成日時 : 2016/02/22 05:45   >>

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私は昭和12年東京の保育科を卒業し、叔母のいる公主嶺に行き、9月から実習生として、12月からは正式に職員として、峯タウ先生とともに、公主嶺幼稚園に終戦まで勤めさせていただきました。

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   峯先生のハイセンス
       叶多嘉子(幼稚園)


 峯先生は、大阪ランバス女学院を卒業され、大阪で勤められた後、公主嶺に大正15年4月着任されました。田中きよ先生(キリスト教牧師夫人で、のち奉天に転勤)の後を継がれたのでした。ランバス女学院はアメリカ人の経営する学校で、人間の内面に目を向け、心を大切にする教育方針だったようです。

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 加えて先生のご家庭は文学、美術、音楽などと日常的に親しんでいらっしゃる。水準の高いご家庭でしたから、先生のお考えや行動、感覚すべてが、私などは追いつくどころか、どうしてもかなわないことばかりでした。色彩感覚、美に対して非常に高いものをもたれ、とてもおしゃれな方でした。
 社宅の裏庭を畠にして野菜を作られ、その畠の中の通り道には、春から秋の終わりまで次々に草花を咲かせておられました。昭和13年ごろでしたか、当時は珍しかったアスパラガスを畠からとってきてご馳走していただいたことを思い出します。

】公主嶺出身の人に聞けば、峯先生といえば知らぬ人なしという存在。幼児期は母親がわりにお世話になった。写真は昭和10年3月、33〜34回生の卒園式、後列右から二人目が峯たう先生。

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