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zoom RSS 満洲・公主嶺小同窓会誌 第8章 エピソード −13−

<<   作成日時 : 2016/02/26 05:41   >>

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私が公主嶺駅の助役をしていたとき、どういうわけか、寺倉部隊の将校2,3人が何回も私を訪ねて来て、部隊の将校集会所に話に来るように誘った。そこで行くことを約束していた。ところが、昭和10年の暮れに、急に新京駅に転勤が決まったため、約束を果たせなかった。
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    二・二六事件の余波
         伊藤満男(15回生)


 翌年、徹夜勤務をした朝方、「東京で軍隊が暴動を起こした」というニュースが入り、びっくりした。それが2・26事件だった。後でわかったことであるが、私を誘いに来た寺倉部隊の若手将校連中も、事件に関連のある人たちだった。そして、この事件の関係で、公主嶺小学校の先生6名が憲兵隊に引っぱられたことも後で知った。
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 禅宗佛心寺の東祖心住職が青年同志会のリーダー格で、小学校の先生方もそうしたつながりだったと想われる。私は転勤のために将校集会所に行かなかったことが幸いして難を逃れる結果になった、
 そのころ、公主嶺小学校の校長だった佐藤真一先生は私と縁続きだったが、この事件について「君が関係していなくて、本当によかった」と珍しくほめられたりした。

追記】今年(2016年)は、ニ・二六事件(1936=昭和11年)から80年。新聞各紙には関連の記事が多く見られる。当時、満州にも「不穏な行動」があったことを今回初めて知った。昭和7年の五・一五件と合わせてその後の日本が軍国主義化へと染まっていったはしりであったのだろう。なお、伊藤満男さんは明治43年大連生まれ、45年に公主嶺に移住、昭和3年に公主嶺駅に配属されたという。


 

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