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zoom RSS 満洲・公主嶺小同窓会誌 第8章 エピソード −36−

<<   作成日時 : 2016/03/26 07:03   >>

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満洲の春はおそいが、急に暖かくなる。六年生の5月に郭家店(かっかてん)へ杏の花見の遠足があった。郭家店は公主嶺から南へ大楡樹(だいゆじゅ)、蔡家(さいか)と三つ目で、汽車で40分、まわりに小さい山が多く、平地の少ない町である。(記念誌356頁)

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  郭家店へお花見遠足
   田切恒夫(旧姓中島・31回生)


 昼食を食べて蹴(け)りベースを始めた。蹴りベースは当時流行していたスポーツで、玉はサッカーボールくらい、これを足で蹴る。ルールは野球と同じである。遊んでいる間にいつしか大人も加わり、夢中になって同級の三村君と大人が体当たりをしてしまい、三村君は腕の骨を折ってしまった。三村君はその後しばらくギブスをして通学していたが、回復後も腕が少々曲がっていた。今は医学博士になった三村君の腕は、真っ直ぐになったであろうか。
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 その後、私は両親の転勤に伴い郭家店に引っ越し公主嶺まで汽車通学することになった。思いもかけず、郭家店は私にとり、在満最後の居住地となったわけである。
 昭和13年当時、郭家店には独立守備隊が駐屯していたが、間もなくどこかへ移動し、兵舎は廃墟のまま残された。

】満洲で花見といえば桜ではなく、杏だった。それは桜は寒気を嫌う。公主嶺はちょうど北海道の旭川と同緯度ぐらいだ。当時、「杏見」は春の一大行楽事。大人は傍目を構わず堂々と酒を飲め、子どもは馳走に預かった。

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