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zoom RSS 満洲・公主嶺小同窓会誌 第8章 エピソード −45−

<<   作成日時 : 2016/04/21 06:06   >>

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昭和13年7月31日、単身で6月に軍経理部技師長として赴任した父のあとを追って、家族一行8人夕闇の公主嶺駅に降り立った。小学3年生の私の第一印象は、満洲は寒いと聞かされていたがそうでもないな、ということだった。

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   九ケ月の公主嶺断想
       金窪敏知(34回生)

 
 奉職していた学校の夏休みを利用して一緒に渡満し、内地に帰る叔母の送別会を「興発園」(支那料理店)でやった。西瓜の種(クワズル)を舌で挟んで食べるのが珍しかった。帰りに河南大街で極彩色の錦絵をたくさん買い求めた。
 8月19、20の両日、東京大相撲双葉山一行の興業が敷島台の一角で行われた。折しも北白川宮永久王が来公され、たまたま母と官舎脇の蒲の穂の咲く線路そばを歩いていたら、車で通りかかられた。

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 陸軍病院の近くの原っぱに建築用の煉瓦が積んであり、放課後よくこれに登って万里の長城を作ったり、秘密のお金庫に玩具の双眼鏡を隠したりした。帰りしな森の彼方に落ちる赤い夕日が美しかった。
 翌年5月3日、父の延吉転勤に伴い、思いで深い公主嶺を離れた。離公直前に訪れた郭家店公園のアンズの白と、京図線沿線の山腹を埋めて咲き乱れるヤマツツジの紅が、いまでも目に浮かんでくる


】公主嶺の味で忘れられないのは、河南にあった興発園の「豚まんじゅう」。いまでいう餃子で、一個一銭だった。店で西瓜や南瓜、ヒマワリのタネを煎った瓜子児(クワズル)をかじりながら、できたての熱いのをほおばるのは格別だった。にらやニンニクの強烈な匂いが気にならないようになると大陸暮らしも一人前だった。(記念誌21頁)なお、右写真は杏の花。

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