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zoom RSS 満洲・公主嶺小同窓会誌 第8章 エピソード −43−

<<   作成日時 : 2016/04/18 05:36   >>

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公主嶺駅を出て左に足を向けると、なだらかなアスファルトで舗装された坂が伸びている。市街地へ行く跨線橋としての泰平橋につながる。父が満洲勧業銀行に勤めており、桜町の社宅に住んでいた。(記念誌359頁下段)

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  泰平橋を思い出す傷
  舟木賢二(旧姓・高瀬35回生)

 
 隣は水谷さんの高野山大師寺、道路をへだてた向かいはお父さんが満電に勤めておられた石垣君、その隣は天理教教会だった。
 学校に行くには必ず橋を渡らねばならず、階段を昇り長い橋を渡っていると汽車が通り、真っ黒い煙が下から吹き上げてきて、息を詰めて走り抜けた。

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 幼稚園のとき、橋の欄を乗り越え、積もった雪の上を滑るはずが、下まで転げ落ちて大怪我をした。友だちが先生を呼ぶびに行き、おんぶしてもらい途中の薬屋で応急処置をして、自宅まで送ってもらった。クリスマスの前日だった。
 一年生の夏、、市街地側の坂下の草むらで、つばのついた学生帽でチョウを捕った。ところがビンの割れたのが突き立っていて、グサリと親指のつけ根のふくらみを切り、満鉄病院で五針ぐらい縫った。いまでも3センチの傷跡が残っている。傷跡を見ると、幼い日の泰平橋での記憶がよみがえる。
 
】泰平橋から市街地を望む。左手前が私の生家・とみや洋装店。昭和初期冬の写真

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