満州っ子 平和をうたう

アクセスカウンタ

zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第7章 エピソード −8−

<<   作成日時 : 2016/06/15 06:17   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

「ああ南嶺三十八士」の無言の凱戦を迎えたころから、われわれの遊びは戦争ごっこ一色になった。天気さえよければ、泰平橋を境として町側と宮舎側に分かれての戦いに明け暮れたのである。

画像
    色枠つき日の丸の下
         松本 彰(25回生)


 潮風すさむ赤い夕陽の平原の上を、小勇士たちは南嶺の戦闘を想像しながら、真っ赤な頬で元気に突進していた。われわれの戦場はこうせん山、敷島台、公園その他いたるところにあって、作戦の必要から戦線を拡大したり、収拾したりするのは大変なことであった。
 戦場を駆け回っているとき、また独立守備隊歌や戦友の歌を合唱しながら行軍しているとき、いつも両軍の先頭には黄か緑か青で枠どられた国旗大の手製の旗がひるがえっていた。ニュース映画などに出ていた戦野を進む軍旗を真似したものであろう。その色枠つき日の丸の下で、激戦に疲れて駄々をこねながら泣き出す勇士もいたことが思い出される。
 戦いすんで日が暮れて、カラスの声を聞きながら家路をたどるとき、その色枠の日の丸に重なって浮かんでくるのは、南嶺の戦闘で花と散った、以前、守備隊の記念行事に行ったとき、遠い故里の話をいろいろとして下さった勇士の面影であった。

画像
【注】映画「ああ南三十八士」に推薦状
 映画 嗚 南嶺三十八士 全十巻 右は南嶺の戦争を映画化しタルモノニシテ軍事教育上適當ナルモノト認ム  昭和七年一月二十七日 第三師團司令部


追記】第7章 これまでの8編は「満州事変」がテーマ。その中での共通事項は長春郊外で戦死した倉本大尉の奮戦を称え、その遺訓を反芻するエピソードに終始している。執筆者は当時小学校の低学年、生まれは大正末期。その人たちが奇しくも先の大戦では20歳代で軍の主力、そして少なくない若者たちが死んでいった。不幸な時代に生を受けた運命の人たちと思えば痛恨の思いがつのるばかり。だがこの国を、「皇道推進」「富国強兵」「大陸侵出」を主眼に推し進めた「時の権力」の糾弾を忘れてはいけない。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
公主嶺小同窓会誌 第7章 エピソード −8− 満州っ子 平和をうたう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる