満州っ子 平和をうたう

アクセスカウンタ

zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第1章 エピソード −13−

<<   作成日時 : 2016/09/15 05:50   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

 昭和58年8月、公主嶺訪問のバスが旧小学校の門に入ったとき、胸が一杯になり、感無量だった。見上げれば、玄関の左側二階、私達6年生の教室はガラス窓も閉まって、ひっそりしている。(記念誌30頁)
画像
    小学校旧校舎に再会
          中本郁代(23回生)


 下の教室は5年生だった。発芽実験のため、窓際の日当たりのよい所に、ビーカーがズラリ並べてあった。ある日、私達の男子がボールを帽子に入れて、ビーカー目がけて落した。ビーカーの幾つかは落ちて割れてしまった。早速、5年担任の小山先生から、わが内西先生に報告され、内西先生は情けないと涙を流して、みんなをしかられた。その内西先生も故人となられ、小山先生も葛根廟で悲運の最期を遂げられた。


画像
 戦後40年、私達23回生の3分の2は消息がわからない。年齢からいえば、戦死された方も多いようだ。あの窓を開けて、当時の腕白坊主達が顔を並べそうな錯覚を覚えた。
 45年ぶりの我が家は、ボロボロで見る影もなくなっていたが、育ったこの家、楽しかったことのみ思い出される公主嶺。再び訪れることのない故郷の町よ、さようなら。

】写真 旧校舎正門、戦後は「賓館」(ホテル)となった。外壁はクリーム色に塗り替えられていた。1983年訪中団が撮る。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
公主嶺小同窓会誌 第1章 エピソード −13− 満州っ子 平和をうたう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる