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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第3章 エピソード −8−

<<   作成日時 : 2016/11/08 06:09   >>

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 内地では珍しくなった煉瓦造りの建築を見ると、いつも懐かしきを憶えるのは、かつて煉瓦造りの家に住んでいたからだろうか。我が家が、古いロシアの劇場だったとは、幼いころから親達によく聞かされていた。(記念誌104頁上段)
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   浅野醸造の建築様式
        浅野兼迪(40回生)

 
 下校時などに泰平橋を渡り切ると、必ず左前方に浅野醸造のおおきなあ建物が鮫島通りのシンボルのようにそびえていた。
 煉瓦造りの大劇場は切り妻屋根で、シンメトリーに下屋の付いた外観は、公会堂前の広場から見ると迫力があった。外壁のコーナーと要所には補強のため、煉瓦の柱のようなパットレス(控壁)が設けてあった。内部は間仕切りがほとんどなく、大架橋を支えるために柱と梁が木造の併用構造となっていた。屋根を支える小屋組みも木造のトラスだったであろう。ホール中間の梁は筑後補強のために入れたものらしい。採光はギャラリー回廊のような二階の窓と部屋と天窓しかなく、いつも庫の内部は薄暗く、夜遅く帰るとこわかった。
 劇場の形式が教会の内部に似ていることや、煉瓦の積み方がフランス積みだったのは、帝政ロシア時代に持ち込まれた影響によるものと思われる

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】ロシアが都市を建設するときは、いつもまず劇場と教会を建てたというが、公主嶺でも例外ではなかった。公主嶺の劇場は鮫島通りのほぼ中央に建築された。建坪530坪の堂々たるものだった。
 大正5年の春、退役した浅野騎兵大尉は満鉄からこのロシア劇場を借り受けて、浅野醤油醸造所を起こした。初代の浅野兼右衛門その人である。写真右は昭和初期の鮫島通り。右端が郵便局でその隣が浅野醸造所。

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