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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第6章 エピソード −23−

<<   作成日時 : 2016/12/22 06:50   >>

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 昭和5年、父神田勝亥の退任で、楽しい5年生も一学期で内地に帰ることになった。小山先生は気づかって、白雲寮の自室で、勉強の特訓をして下さった。(記念誌219頁上段)

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   別れを惜しむ中国人
     川北和子(旧姓神田・24回生)


 五年で中学を受験する遠竹君、他に大庭さん、明石さん、三枝ちゃん、三村君も集まって、夕食後2時間くらいみっちり勉強した。おかげで東京へ帰っても少しも困らなかった。
 淋しい悲しいその夏のお別れは、笛をならし、鉦(かね)や銅鑼(どら)をたたいて惜しんでくれるニイヤンの行列で道路が埋まった。霞町の家から駅まで、試験場の馬車に乗った私たちは、その行列にはさまれて遅々として進まず、有り難いやら恥ずかしいやら、おまけに爆竹までパパンパパンとあがって、悲しさを吹きとばしてくれるようなお別れ風景だったが、プラットホームでお見送り下さる先生、お友達は涙で小さく小さく、だれがだれやら。駅頭のあざやかなカンナ、グラジオラスの花もぼやけていた。

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 「1919年、世界平和成立の年に生る。和子と名付く。父」と私の大切なサイン帳にただ一つ残してくれた字句がある。私の公主嶺は、その通り平和そのものだった。
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農事試験場場長=大正8年7月、主事であった神田勝亥が就任。同主事は大正2年の創設間もなくから在職しており、昭和5年6月まで11年間余、場長として農事試験場の基礎を築いた。写真は神田勝亥氏。

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