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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第6章 エピソード −26−

<<   作成日時 : 2016/12/27 05:29   >>

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 公主嶺の朝日新聞は三村高次郎さんのあとを浅野兼右衛門さんが受け持っていました。浅野のじいさんは私宅に毎日のように夜遊びに来ていました。(記念誌220頁下段)

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   公主嶺にも朝日新聞
        小久保有彩(26回生)
 

 昭和になって、私の小学校時代に父がすることになりました。朝は早くて配達は大変なことでした。字の大変上手な中国人がいて、この人が配達の責任者でした。数人の中国人が配達のため、店の裏で大きな机の上で新聞を折り畳んでいました。
 このころ、満洲で一番、部数が増加したということで大連で表彰され、父に連れられて妹の達子(29回生)弟の謹輔(31回生)と一緒に行きました。
 その後、満州事変が起き、陸軍官舎も増えて、ますます部数は増加を続け、満洲一ということで、毎年大阪本社より表彰状、記念品、置物などをいただきました。私も配達伝票を書き、集金票を何十冊も書きました。
 陸軍官舎や合同官舎は一人ずつ新聞に帯封をかけ番頭の杉本岳芳さんが名前を書いて配達人に渡しました。週刊朝日、アサヒグラフ、アサヒスポーツ、アサヒカメラ、婦人朝日などの愛読者も数多くおられ、書籍雑誌と共に店の人が配達していました。、

】下写真 泰平橋を降りるとそこは鮫島通りが真っすぐに伸びている。中央の3階建てビルが小久保商行、その一番手前に僕の実家「トミヤ」が見える。
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