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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第5章 エピソード −10−

<<   作成日時 : 2017/01/22 05:51   >>

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 大正14年、大連から公主嶺に移り住んだのは、5歳のときであった。駅から馬車(マーチョ)にゆられ、橘医院を左折して、一路騎兵隊を目指して走り、たどり着いた所は高い土塀に囲まれた広大な敷地であった。土塀の角々には哨楼があり、昼夜交代で見張りが立って、馬賊の襲来に備えていた。(記念誌179頁下段)

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   馬賊が襲来した一夜
         長尾英男(26回生)


 敷地内には軍隊へ納める食料の倉庫が立ち並び、また馬糧の牧草が家型に野積みされていた。青灰色の煉瓦の苦力(クーリー)宿舎もあった。自給自足だったのだろう。高粱を始め、胡瓜、ナス、トマト、南瓜などの広い野菜畑には灌漑用の井戸があった。赤煉瓦造りの住宅兼事務所は、ペチカを中心とした四部屋で、窓や扉には鉄格子がはまっていた。
 何回襲われたか記憶に残っていないが、馬賊は漆黒の闇のなかを馬蹄の響きもすさまじく、喚声をあげ、銃を撃ち、流れ弾は窓ガラスを破り、敷地内では苦力がドラを鳴らして近所の中国人に知らせ、叫び声をあげて侵入を防ぎ、われわれ子供達は押し入れの布団のなかに滑り込み、こわい長い一夜だった。
 昭和4年、市内のにぎやかな朝日町に移ったときには、子供心に別天地の感があった。

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■馬賊 司馬遼太郎「坂の上の雲」から 
 馬賊というのは満洲の治安事情のなかからうまれた特殊なものである。この地帯は、古来、近代的な意味での国家が成立したことがないため、村々は盗賊団から自衛する必要があり、馬賊のもともとのかたちは村落自衛団であったが、その武力がしだいに独立しはじめ、無頼の徒などを吸収するようになり、やがてそれが他村を襲って匪賊をはたらくようになった」。加えて、日本の侵出に対するゲリラとしてのレジストであったことも否めない。上写真は大正期の公主嶺騎兵隊。

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