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zoom RSS 満洲公主嶺 敗戦から引き揚げ迄の記録 小松光治 G

<<   作成日時 : 2017/05/12 05:49   >>

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 満洲公主嶺日本人会の設立及び日僑連絡所の記録(敗戦から引揚迄)−公主嶺日本人会会長小松光治(昭和21年8月22日 記)

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11、双十節の盛儀と戦勝示威運動 
 昭和20年10月10日は中国側戦勝第一年の双十節にして街頭には日独を除きたる万国旗を架し、各戸軒灯を掲げ(日本人も同様)盛大なる青年学徒の示威運動が行われ「9,18事変の復仇完成」「欺瞞暴日の没落」等吾々日本人の眼、耳に手痛き色々のポスターが貼られたり。
 朝鮮人も独立韓国人として之に参加を許されたるも日本人は許されず、只吾々は此の機会に県政府及び国民党に若干金員を寄贈して祝意を表し、夜は祝宴に党部に招かりたり。序ながら中国側の告別式にも、日本人は最上席に座らさるる焼香の順序は韓国人の次なり。
 蓋し彼等は韓国を以て共産党同志を以て遇し居るに因る。但し純共産党員ならざる蘇軍兵は最も日本人を慕い、中国人を厚顔無恥、韓国人を奴隷と公言し居る様、世態は実に複雑怪奇にして、常に厳励なる圧迫化にある日本人は、時々斯の環境に接し自慰の念抱きたり。


12、敵産管理局の設置 
 日本人公私所有の土地、財産、家屋の没収調査を開設されたるは、11月1日敵産管理局が設置されてからである。尚日本人にして中国人に貸し金ある者は発見次第没収され、全部八路政権の収入となる。
 敵産の二字は不穏だと知人を通じて抗議の結果、国有財産管理局と改正されたが、21年5月中央軍の進駐後、再び「敵欺産管理委員会」と呼ばれ今日に及んで居る。飽く迄日本を敵と呼び、敵に勝たと意識して居る。 
 是は無識の下級中国人の排日、侮日を扇動する恐れあるから吾々は抗議し八路は快容し中央軍は之を容れない。但し彼等は日常会話の際は必ず将来の中日提携親善を強調し吾々も亦心意相殺する次第なり。


】タイトル写真は公主嶺駅プラットホーム
小松メモアドレスhttp://38300902.at.webry.info/theme/489e1960d0.html

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