だから もう 「別れ船」は歌わない

 神風特攻隊の一員として21歳で戦死した兄、利則。彼が学徒出陣で海軍に入隊する前夜、ギターをつま弾きながらうたった歌が「分れ船」だった。あの田端義夫の持ち歌で、戦後、復員兵たちが船のなかで聞き、涙した「帰り船」とともに一世を風靡した。

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 望みはるかな波の背に
 誓う心は 君故に
 せめて時節の 来る迄は
 故郷(くに)で便りを
 待つがいい

 「別れ船」(昭和15年)と、「帰り船」(昭和21年)の明暗はくっきりしている。「別れ」は出征した兵士の帰還がかなわず、という失意の歌。「帰り」は待ち望んでいた兵士たちが帰って来たという歓喜の歌だ。彼は自らの来るであろう運命(さだめ)を言葉にできず、歌に託したのだろうか。それかあらぬか、八十八で他界したおふくろがしばしば口ずさんでいたのが「別れ船」の一節、「故郷で便りを待つがいい」だった。そう、だから、もう僕は「別れ船」は歌わない。

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