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zoom RSS 戦後72年 「公主嶺会」に行った B

<<   作成日時 : 2017/11/02 06:33   >>

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 毎年開かれる「公主嶺会」の場で、どういうわけかいつも隣席になり、意気投合する則次美弥子さん(35回生)。地元岡山で旧満州公主嶺での体験を通して、戦争の悲惨さを綴り、また各地で講演するなど「語り部」として精力的に活動している。彼女にあつかましくもお願いし、今回の「会」の感想を寄せていただいた。

▼則次美弥子(のりつぐみやこ)さん=ホテル前で
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   ブログの橋渡し 
         公主嶺会は一歩前進した


 公主嶺会--その日がやっときた。10月27日、私は心弾ませて車中の人になった。
 思えばこの会は、公主嶺神社氏子衆の絆のもとに生まれ、65年に近い歴史がある。やがて我々子供世代も成人し、公主嶺小学校同窓会総会を発足させた。冊子「公主嶺会」・写真集・ビデオ等、後世に遺せるものも、優秀な先輩たちを中心に作ってきた。だが小学校創立百周年を迎えた会を最後に幕は降りた。そして親世代が作った公主嶺会に合流し今に至っている。皆、公主嶺を愛し続けている。

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 今年の会は何かが違う。一人ずっと思い続けていた。それは、我が家に東京新聞が届いたことからはじまる。従来の終戦記念日の翌日の新聞の一面は、各社とも似たり寄ったりのものだった。しかし届いた新聞は違っていた。一面の見出しは「生き残ったものにできること」さらに「終戦の日 不戦の誓い 次世代へ」とあり加えて友人・永井至正さんの写真、逸る心を抑えて読んだ。繰り返し読む。堂々とトップ記事として取り上げた東京新聞社の心意気に、よくぞやってくれたと、驚きと感謝で胸が熱くなった。もちろん、永井至正さんの長年にわたる平和への書き込みが評価されたことに他ならない。ブログに寄せられるコメントや質問には必ず返事しているという。彼のその情熱はどこに秘められていたのか。新聞社と永井さんに脱帽! 自分のことのように誇らしく嬉しい。
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    それぞれの想いを抱いて40人
 
 やがて、40人がそれぞれの想いを抱いて上野ターミナルホテルにやって来た。会が始まり手際よく写真が撮られ挨拶になった。初参加の紹介があり、その一つは長崎は五島列島からの坪井泰助さんと息子さん。泰助さんさんの父親のルーツの一端を知り、涙々の挨拶、胸中は如何ばかりであったことか。泰助さんは生後一カ月足らずで引き揚げたという。父上は根こそぎ招集で駆り出され母子で帰ったというから奇跡に近い。
 もう一組は「満洲の記憶」研究会の会員大石茜さんと湯川真樹江さんの二人。一人は満洲の農業について、もう一人は満洲の幼稚園教育について調べているという。研究資料の一部に冊子「公主嶺」が役に立ったというから嬉しい限りだ。また東京新聞をみて永井さんが自分の引き揚げ逃避行と同じ道をたどったことを知り駆けつけたという中島守敏さん。これらの方々の仲介役として土屋洸子さんの働きは大きい。

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       いつの日か「ふるさと」を歌おう
 
 絶対に戦争は許さない。引揚者の我々が声を大にしている胸の内の叫びは、戦争を知らない彼たち彼女たちに届いたに違いない。「別れのブルースを歌って逝った神島利則さん。兄思いの至正さんの平和へのブログは生きていますよ。若い世代に繋がっていく手応えは必至ですよ。いつの日か『ふるさと』を一緒にうたいましょうね。」 戦争体験者が少なくなっていく今、私たちはそれぞれの置かれた場所で何かをしなければという思いに駆られる。微々たるものだが動いてはいるけど、まだまだ。
 公主嶺に係わる総ての先人に、今後お合いしたとき、胸を張って報告したいものだ。「公主嶺会は一歩前進したよ」って。 (2017年10月 則次美弥子 岡山にて)


則次美弥子
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