満洲生まれの父 「つなげてもらった命」 斉藤とも子 

 日韓の厳しい局面を報じるニュースをみていたら、どうしてもお伝えしたいことが沸いてきました。私の父は昭和4(1929)年、旧満洲で生まれました。その後、今の北朝鮮の羅津(らしん)に越し、16歳で敗戦。9カ月余りかかって引き揚げました。(しんぶん「赤旗」日曜版・3月10日付ー「風の色」 女優・斉藤とも子
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 昭和20年8月9日の朝、ソ連の侵攻を知らずに登校した父は、そのまま、避難指示をうけます。先生や生徒たちと山越えの最中、敗戦の報が。各自逃げるようにと言われ、父は数人の友人と取り残されました。
 それまでの植民地支配で反日感情の湯良い地を、着のみ着のままの少年たちが逃げるのです。途中で息絶えることがあっても不思議はなかったでしょう。
 けれど父は、生きて帰ってきました。かつて占領していた国の人たちに、命を助けられたからです。
 空腹の父たちを泊め、なけなしの食事をふるまってくれた人。ソ連兵に捕まり、日本人と判れば殺されそうになった時、「この子は朝鮮人!」と証言した農夫。
 その農夫には父たちが日本人であることが判っていたのに・・・。お礼の言葉を発すれば最後、その方の命も危ない。父は目礼だけで、その場を去るのです。
 奇跡的に帰国した父は、すぐに長文の手記を書きました。忘れてはならない人達のことを、遺(のこ)さずにおれなかったのだと思います。その中の誰ひとり欠けても、私は、生まれることができなかった。
 国や政治がどうであっても、私にとっては、命の恩人の暮らしていた国。その子孫の暮らす国です。

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