筒美京平さん死去 『東京新聞・筆洗』

 是枝融和監督の映画「歩いても歩いても」(2008年)。題名はいしだあゆみさんの大ヒット曲「ブルー・ライト・ヨコハマ」(1968年)の歌詞から取っている。<歩いても歩いても小舟のように>▼妻(樹木希林)の思い出の曲である。良い思い出はない。夫が浮気相手といるアパートを妻が訪れる部屋の中から「歩いても」と口ずさむ夫の声が聞こえてくる。妻は部屋の前で引き返す。やがて元のさやに収まるが、妻は何十年が経過しようとその曲を時折、聴いてみる。分かる気がする▼良い思い出、つらい過去だろうと聴けば、当時のことや家族の顔まで思い出せる。そういう歌を誰もが持っているだろう▼この人の曲はとりわけ多いか。「ブルー・ライト・ヨコハマ」「また遇う日まで」「よろしく哀愁」など多くのヒット曲を世に送り出した筒美京平さんが亡くなった。八十歳▼ペンネームは「鼓響平」からきている。残した作品はポップスからアイドル曲や「サザエさん」まで約ニ千六百曲。覚えやすく、あか抜けた曲調は昭和、』平成の耳を楽しませ、つかのま憂いを忘れさせた。大きな「鼓」であった▼ヒット曲の題名をながめるだけで、当時の茶の間の匂いまで思い出せる。巨匠の死に大切な思いでまで遠くなるような気分である。<ねえ 涙ふく 木綿のハンカチーフください ハンカチーフください>(2020・10・13) 【追記】2007年、「消えた年金」で騒然となったとき、空白期間を埋めるのに役立ったのが、当時流行った歌「赤坂の夜は更けて」(西田佐知子)だった。→「消えた年金と赤坂の世は」 

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