小柴昌俊さん死去 『東京新聞・筆洗』

アルキメデスが「原理」を思い付いたのは、風呂だったといわれる。ノーベル物理学賞の益川敏英さんは、受賞につながるひらめきを自宅の風呂で得ている。同じく物理学賞受賞者の小柴昌俊さんも風呂に原点がある。ただ、ひらめきの場ではない▼旧制一高時代、寮の風呂で、湯気のむこうから、小柴さんの進路について語る教師の声を聞いた。「物理学科を受けるはずがない。受かるはずはないから」。そこから猛勉強が始まったと著書やインタビューで繰り返している▼少年期は軍人か音楽家を夢見ていたが、ポリオ(小児マヒ)にかかり、あきらめたという。人一倍の努力が求められる道を歩んできたことが、親分肌で、腹の据わった研究者像をつくっていよう▼カミオカンデでの研究が始まってからのことである。素粒子ニュートリノを世界で初めてとらえていたか、否かの大発見がかかったデータ解析が始まった時には、先約があるからと、温泉に出かけていたそうだ▼九十四歳で小柴さんが亡くなった。教え子梶田隆章さんのノーベル賞受賞が決まった時にも浮かべていたいい笑顔を思い出す。研究には怖さのあるひとだったと梶田さんは語っていた▼実験の現場で磨き抜いてきた「ヤマ勘」を誇っていた。たたき上げを思わせる「物理屋」「実験屋」の呼び名も似合う人が、あとに続く研究者たちに道を残して旅立った。(2020・11・14)
追記】旧制高校の寮で上田耕一郎元日本共産党副委員長(故人)と同室で、2003年「赤旗」日曜版で上田氏と対談している。

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