詩が生まれるとき ふくしまの10年-12-

 福島・浜通りに通い、死者への思いをつづりながら、和合亮一さん(52)は教え子や親しかった人に会いに行った。話をするうちに、被災した人に今、話を聞いて記録しなくてはと感じた。震災をどう受け止めればいいのか、どう傷を受けたのか、気力をどう取り戻そうとしているのか・・・。再生に向け、生き残った人たちと向き合いたかった。インタビューは初心者。お互い泣きながら話を聞いた。聞きたい言葉を聞いた時、相手の言葉が輝いてみえた。それを帰ってすぐ詩にした。  福島県南相馬市のクリーニング業の高橋美加子さん=当時(63)=は、電気のついていない真っ暗な町に戻り「別の生きものが住んでいるようですごく恐ろしかった」という。でも旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の汚染地で暮らす高齢者たちの映画を思い出し「ここでいい、ここで生きていこうと思った」と語った。  富岡町から郡山市に避難していた理容業の遠藤千代子さん=当時(67)=は、避難所で人を励まそうと声を掛けたが、みな気がめいっていて応じてもらえず、自分の存在価値に悩み思い詰めた。でもボランティアの人が「全部聞くよ」と一日中話を聞いてくれてようやく眠れ、悩んでいる人の話を聞くようになったという。「言葉には橋『言の橋』がある。よい架け橋をつくれば人と人をつなぐんだよ」  言葉には明かりがある。人の気持ちをつなぐ力がある。震災や原発事故は福島だけの問題じゃない。自分の住む福島から言葉で橋をかけたい。和合さんはそう思った。(東京新聞 片山夏子)

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詩が生まれるとき ふくしまの10年 -11-

震災後の一カ月で、和合亮一さん(52)が福島市の教職員住宅を開けたのは一度だけ、少し開けてすぐしメタ。「窓をあけてはいけない」「雪や雨に触れないように」と言われていた。窓を開けずに見上げる空。ふと草野心平さんの「何たる声をたてたい吸ひ込む空」という死の一片が浮かぶ。放射能への不安がなかった時代の詩人の美しい言葉を思い、ツイートする。「外で、くうきを『吸ひ込む』ことなぞ、できやしないのです」。放射能」  浜通りに通う和合さんの心には、依然として黒い津波が押し寄せていた。海沿いでなあされて跡形もない家。がれきを前にぼうぜんとする人たち。悲しい家族の話をたくさん聞いた。生きていてくださいと心の中で祈った。浜に流れ着いた遺体は高校の体育館に安置されていた。原発から十㌔圏内では、津波の行方不明社の捜索がはい待ったばかり、どう魂を鎮めたらいいのか、毎晩不眠に悩まされた。  二十㌔県飯館村域や、w剛さんの母親の故郷・川俣町の一部に避難指示がでた。飯館には多くの知人がいた。住民がどれだけ村を愛しているか。避難計画は「見を切れ」という命令だと思った。自分たちに何の罪があるのか。避難区域が近づいてくるのを感じた。  2011年4月22日、20㌔圏内が警戒区域に指定された。故郷に許可なく入れないとはどういうことなのか。住民の故郷が失われる時。和合さんは投稿した。午前零時よ、来るな、午前零時が。来た。(東京新聞 片山夏子)  

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池上彰氏の誤報 猛省を促したい

テレビ朝日1月30日「池上彰そうだったのか」。中国共産党の話題で、「共産主義」の語意を問われて、池上氏は繰り返し「財産の私有を認めない主義主張」と解説した。博覧強記の池上氏が「財産ではなく主要な生産手段の社会的共有」という真意を知らないはずはなく、視聴者に日本 共産党を含めて不信感などをもたらす誹謗(ひぼう)中傷の発言となってしまった。話術にたけた池上氏だけに影響は大きい。マルクスの『資本論』が改めて世界的に再評価されている現代。池上氏の猛省を促したい。 【注】東京・杉並区の山崎元氏(91)が4日付「しんぶん「赤旗」の「みんなのアンテナ」欄に投稿したものから転載させていただいた。

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詩が生まれるとき ふくしまの10年-10-

山形に避難していた妻と息子が福島に帰ってきた。和合亮一さん(52)は心配だったが息子の生もとを尊重したかった。震災から一カ月、その間に、福島を襲った余震は千回を越えた。小学校の卒業式はなかったが、中学の入学式は行われた。新入生の名前を呼んだ後、在校生が一斉に立ちベートーベンの「喜びの唄」を歌う。力強い歌声を聴き、未来は彼らがつくってくれると感じて涙があふれた。  震災後、初めて相馬に行ってから、和合さんは浜通りに何度も通った。見渡す限りのがれきの海。見えない津波を常に感じた。失われた命、たくさんの悲しみや、絶望。胸の奥に鎮魂の思いが灯る。それは震災後、怒りと絶望感から、次々浮かぶ言葉を投げ続けた「詩の礫」とは対照的な、、静かな気持ちだった。  浜通りの海辺を歩きながら、気付くと雲間や光を探している自分がいた。亡くなった人たちに言葉を捧げたい。それは祈りなのではないかと、和合さんは思った。  小学校三年生のとき、一緒に暮らしていた大好きな祖父が亡くなった。悲しくてどうしたりいのか分からなかった。僧侶の詠む般若心經を耳で覚え、意味も分からないのに毎日、寝る前に祖母と唱えた後、目の前が明るくなり、祖父への思いが昇華していく気がした。喪失の中で感じた光だった、死者への鎮魂と祈り。一カ月半、毎晩「死の黙礼」の詩を書き続けた。言葉には力がある。死者への思いを追うほど、和合さんは生者の命や生きるエネルギーを感じた、(東京新聞・片山夏子)

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詩が生まれるとき ふくしまの10年-9-

震災から三週間が過ぎたようやくガソリンが手に入るようになり、和合亮一さん(52)はすぐに福島県相馬市の松川村に向かった。相馬はおさない時によく遊びに逝った場所だった。隣の南相馬市は教員としての初任地で、二十代の六年間を過ごした。津波被害のひどかった浜通りの海で、亡くなった教え子やその家族に手を合わせたかった。 【以下画面へ】東日本大震災 特集記事 東京新聞ー片山夏子記者

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詩が生まれるとき ふくしまの10年-8-

福島に関するいろいろなうわさ話が流れていた、福島と書いたら、避難先で宿泊を断られた。「福島の人は『福島の人』って名札を貼ってもらえないか」と放射能を恐れた県外の人の会話を聞いた。「私たちは噂話の中を暮らす。域を殺して嵐の中を暮らす」。2011年4月9日、和合亮一さん(52)はツイッターにこう記した。震災後、福島という響きが完全に変わってしまったのを感じていた。 【以下画面へ】あれから10年「東日本大震災」特集版 片山夏子

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詩が生まれるとき ふくしまの10年-7-

久々に食料を買って福島市の教職員住宅に戻ると、放射線量や放射線セイウムについての注意書きが、掲示板に貼られていた。すぐには症状が出ない値。後から何が起こったら、その時に考えるしかない、和合亮一さん(52)は覚悟する。 【以下画面へ】

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詩が生まれるとき ふくしまの10年-6-

震災後、ガソリンはなかなか手に入らなかった。ラジオでは「外に出た服はは燃やした方がいいでしょう」「屋外に行ったら髪と手と顔を洗いなさい」と言っていたが、断水で体を洗う水などなかった。和合亮一さん(52)は外出時に着た服は、家に入る前に全部ビニールに入れた。

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今日は『赤旗』創刊93周年『赤旗・潮流』

大手メデイアに載らない記事、知っておくべき情報がある。権力を監視する気概を感じる。コロナ禍のなかで自分たちの要求を一生懸命、政府にぶつけてくれる共産党の機関紙だからー▼最近「しんぶん赤旗」の購読を申し込んでくれた人たちの声です。安倍前首相の「桜」疑惑や、菅首相の学術会議問題をはじめとするスクープの連発。多くのメディアに取り上げられるなど、いま「赤旗」が注目されています▼「問題意識を持てなかった」。桜を見る会を取材した「毎日」の記者は自戒を込めていました。なぜ「赤旗」にできて、われわれにはできなかったのか。他のメディアや識者が示したのは視点と追及する意志の違いでした▼本紙日曜版の編集長は「政権を握っているから後援会員を呼んでも仕方ないとみるのか、これは政権による行政の私物化とみるのか。それによって、見える景色が百八十度違ってくる」。ジャーナリストの青木理さんは「重要なのはメディアの姿勢」だと▼あふれる情報のなかで埋もれてしまいがちな真実や大切なことを伝えたい、現実に苦しんでいる人や社会を変えたいと願う人びとに寄り添い、力になる記事を書きたい・・・。「赤旗」記者に応募してきた同志たちの思いは、果たすべき役割を映しています▼きょうは「赤旗」の創刊93周年。国民目線で不公正や不平等とたたかい、社会を前に進めるための報道をこれからも。こんな要求も読者から届いています。「暗い世のなか、この先を明るく照らしてほしい。(2021・2・1)

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「ワクチンナショナリズム」に批判 『赤旗・潮流』

ワクチンとはラテン語の「雌牛」を意味します。18世紀末にイギリス医師のジェンナーが牛痘を人に接種することで天然痘が予防できると発見。それが由来と言われています▼その後、近代細菌学の祖とされるフランスのパスツールが体に免疫をつくらせる物質をワクチンと呼ぶようになりました。感染症の歴史は、人類がその拡大を科学の力によって防ごうとしたワクチン開発の歩みにも重なります▼新型コロナウイルスのワクチン接種が始まりました。世界の感染者が1億人をこえたいま、収束の切り札と期待されています。しかし供給をめぐり、早くも各国の争奪戦や格差がうきぼりに。途上国は置き去りにされ、有効率の高いワクチンを先進国が独占する流れになっています▼欧州連合(EU)は域内で製造されたワクチンの輸出について規制措置を講じると発表。自国優先の「ワクチンナショナリズム」と批判のの声が上がり、世界保健機関(WHO)も公平な配分を阻むことになると懸念を示しています▼日本は2月下旬から医療従事者に、つづいて65歳以上の高齢者に接種を開始する計画だと政府はいいます。ただし世論調査では、すぐに受けたい人は2割ほどにとどまり、様子見が7割にものぼっています▼通常5年から10年かかるといわれるワクチン開発。急ごしらえに不安を覚える人は多い。正確な情報の伝達とともに安全性の確保、公平さが求められます。「科学に国境はない」。先駆者パスツールの言葉を肝に銘じるときです。(2021・1・31)

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