公主嶺小同窓会誌 第5章 エピソード ー11-

 私は大正13年から2年間、公主嶺の幼稚園に通った。もうそのころは2年保育が珍しくなくなっていたのだと思う。小さい組のときは田中清子先生にお世話になった。(記念誌180頁上段)

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  幼稚園時代の師と友
     川北和子(旧姓神田・24回生)

 
 公主嶺にメソジスト教会を建てられた田中茂甫(しげすけ)牧師の夫人で、日曜日は教会のオルガンを演奏された。また日曜学校の先生として、聖書をやさしく話して下さった。
 病気休みの多かった私は、折り紙、手工など、ずいぶんお手伝いいただいたけれど、幼稚園修了のときは、だれよりも薄い作品ノートであった。
 幼稚園のお昼は遊戯室いっぱいにまるく椅子を並べて、みんなで家からもってきたお弁当をいただうた。中里三枝ちゃんのお弁当箱は、丸型の二段式、おはしがポンと引っ込むとても素敵なものだった。そのうえ、それに合わせた手編みの袋にピッタリとはいって、「いいお母様!」とうらやましく思ったものだった。
 お母様は丸まげに結った小柄な方で、いつも「かっちゃん」と声をかけて下さった。ちなみに私は「かっちゃんカズノ子ニシンの子」で、「カンダカッチャン」の呼び名であった。

】下写真は戦後、訪中団が撮影した幼稚園だった建物。田中先生の後任は、公主嶺っ子の誰もがお世話になった峯タウ先生だった。
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