詩集 「ロ号33番」 永井和子 ー35-

 詩人 永井和子(1934~2015)年の処女詩集。かつて暮らしをともにしたなかで、身辺に起きた細々とした出来事を詩に火山だ。全55篇からなる詩集だが、日々を追って、お手元に届けたい。        あ る 日    ごはんにまじった砂粒を  がじっと噛んだ朝のように  あなたの言葉が奥歯に  がじがじなる日がある。  砂嵐の吹く砂漠に  一人おかれた旅人のように  あなたのそぶりが心に  荒く吹きあたる日がある              64・9・15

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詩集 「ロ号33番」 永井和子 -34-

 詩人 永井和子(1934~2015)年の処女詩集。かつて暮らしをともにしたなかで、身辺に起きた細々とした出来事を詩に刻んだ。全55篇からなる詩集だが、日々を追ってお手元に届けたい。       夏の終わり    うす絹のような風が  むきだしの腕を吹いて過ぎる  焔のようなカンナの花は  うらぶれた夏の終り  油ぜみもみんみんぜみも去ってしまって  追われるような一日を  鳴きつくしているひぐらし  青銀のとんぼがあんなに高く  梢をかうめていく  かすかな羽音のsとに秋がゆれていた  うす絹の風もいつか  ばったりと重く冷えて・・・・・・もうひぐれ                  64・9・8

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詩集 「ロ号33番」 永井和子 -33-

 詩人 永井和子(1934~2015)年の処女詩集。かつて暮らしをともにしたなかで、身辺に起きた細々とした出来事を詩に刻んだ。全55篇からなる詩集だが、日々を追ってお手元に届けたい。         二段ベッドのこと    ガソリンを入れて  オイルをいれて  東京ー大阪間わずか三十秒で走る二階バス  でこぼこ道を大ゆれに走り  石炭もたけば空へもとぶ  ふしぎな夢の自動車  静かな眠りのために  買ってやった二段ベッドだったのに  子供たちの激しい運転に  傷だらけのオンボロバスになってしまった                   64・8・6

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詩集 「ロ号33番」 永井和子 -32-

 詩人 永井和子(1934~2015)年の処女詩集。かつて暮らしをともにしたなかで、身辺に起きた細々とした出来事を詩に刻んだ。全55篇からなる詩集だが、日々を追ってお手元に届けたい。 五   年     すずかけの木が揺れて  わたしの心も揺れる  この部屋に五年住んで  窓辺のすずかけはわたしの心のように  霜枯れたり芽ぶいたりしてきた  今日も台風の前ぶれの風に  大きく大きく幹は揺れ  不安を知らない青葉もひるがえる  そしてわたしの心も  きわめがたい道をゆくためらいに  音もなくゆれる             64・8・1

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詩集 「ロ号33番」 永井和子 -31-

 詩人 永井和子(1934~2015)年の処女詩集。かつて暮らしをともにしたなかで、身辺に起きた細々とした出来事を詩に刻んだ。全55篇からなる詩集だが、日を追ってお手元に届けたい。      言  葉  さっきからずっと  話しつづけていたような気で  わたしが十番目の言葉だけを投げると  夫は物足りないという  わたしがいい残した一から九までの言葉を  すっかりききたいという  それでわたしはやっと  わたしたちの会話がとぎれていたことに気づく                64・7・15  

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詩集 「ロ号33番」 永井和子 -30-

 詩人 永井和子(1934~2015)年の処女詩集。かって暮らしをともにしたなかで、身辺に起きた細々とした出来事を詩に刻んだ。全55篇からなる詩集だが日を追ってお手元に届けたい。      梅雨の晴れ間に    ひとときの晴れ間に  雨がさあっと遠のいていくと  家々の窓が 戸が 開け放たれる  子供たちの笑い声が  その窓から 戸から とび出してくる  子供たちはまるで雀だ  ひさしのかげに雨をよけて  しんとひそんでいたのが  わずかな青空でもみつけると  いっせいにはばたいてとんでくる  子供たいはまるで雀だ  まだびしょぬれている土の上を  滴のしたたるすずかけの枝の間を  泥をはねながらとびまわっている  子供たちは  もう夏の歌をうたっている気の早い雀だ

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詩集 「ロ号33番」 永井和子 -29-

 詩人 永井和子(1934~2019)年の処女詩集。かつて暮らしをともにしたなかで、身辺に起きた細々とした出来事を詩に刻んだ。全55篇からなる詩集だが日を追ってお手元に届けたい。       梅雨冷え   雨がいっときやんだので  雀が物干しに遊びにきた  わたしの眼が笑うと  雀が首をかしげる  声をかけようかと思うまに  つい と とんでいってしまった。  あとには  さっさっと吹きなびく  梅雨冷えの青葉ばかり

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詩集 「ロ号33番」 永井和子 -28-

 詩人 永井和子(1934~2015年)の処女詩集。かつて私と暮らしをともにしたなかで、身辺に起きた様々な出来事を詩に刻んだ。全55篇からなる詩集だが日を追ってお手元に届けたい。        誕 生 日     誰もいってくれないから  そっと自分でいってみる  「今日はママの誕生日」  だけど花はかざらなかった  だけどケーキは作らなかった  熱を出して寝ている息子  遊べないお兄ちゃんに焦(じ)れている娘  顔を曇らせている夫  みんな花を忘れていた  みんなケーキを忘れていた  三十回目の誕生日  なにか気が咎めるようで  そっと一人でいってみる  「消えてしまった誕生日」            64・6・21

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詩集 「ロ号33番」 永井和子 -27-

 詩人 永井和子(ながいかずこ=1934~2015)年の処女詩集。かって私と暮らしをともにしたなかで、身辺に起きた様々な出来事を詩に刻んだ。全55篇からなる詩集だが日を追ってお手元に届けたい。       かりにある人に答えて    ある日 ある人が尋ねてきた  あなたはどんな人なのか・・・・・・と  わたしは答えたこんなふうに  わたしは妻 一人の女  五つと三つの児らの母  いいえこれでは  わたしも ほかの女の人と同じこと  いいえわたしはうたうもの  小さな詩(うた)をうたうもの  室咲きのばらや 星の謎や  言葉のパズルや遊びでなく  野草の白い花たちを  ぐつぐつ煮える鍋の音を  泥んこの子らの笑い声を  小さな声でうたうもの    それでもやっぱり わたしは妻  そして母  一人の女・・・・・・         64・6・2

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詩集 「ロ号33番」 永井和子 -26-

 詩人 永井和子(ながい・かずこ=1934~2015年)の処女詩集。かつて私と暮らしをともにしたなかで、身辺に起きた様々な出来事を詩に刻んだ。全55篇からなる詩集だが日を追ってお手元に届けたい。       わが家のお酒    おととしの梅酒は  とろりと粘っこい黄玉色(トパーズ)  去年の梅酒は  子供のころ噛んだ松脂の色  夏みかんのお酒は  煮つめた秋の色  プラムのお酒は  ガーゼで濾したお陽さまの色  今年はじめて造った苺のお酒は  もえる夕焼け雲  みんなわが家の宝物です                64・5・18

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詩集 「ロ号33番」 永井和子 -25-

 詩人 永井和子(ながい・かずこ=1934~2015年)の処女詩集。かつて私と暮らしをともにした彼女の処女詩集。身辺に起きた細々とした出来事を詩に刻んだ。全55篇からなる詩集.だが日を追ってお手元に届けたい。なお、本書の「あとがき」を掲載した。        ぎ ょ う ざ   ゆでたキャベツを刻んでよくしぼり  玉葱のみじん切りに豚の挽肉 片栗粉少し  あれば椎茸もいれ 塩 こしょうし  蒜は刻むと頭が痛くなるので  代わりにガーリックをたっうりふりかけ  まぜあわせのた具をぎょうざの皮に包む  ここまではお料理の本と同じ  でもわたしは  挽肉やキャベツのほかにもっといろんなものを包む  いまごろ汗だくになっているにちがいない  夫の背中だとか  上手に焼いたぎようざを嬉しそうに見るときの顔だとか  いつかこんなことをいってたっけとか  あんなことも  こんなことも  こみあげてくる笑いといっしょに包みこむ  だから 今日のぎょうざは特別おいしい と  いつも夫はいうのです                64・5・26

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詩集 ロ号33番 永井和子 -24-

 詩人永井和子(1934~2015)年、彼女の処女詩集。身辺におきた細々とした出来事を詩に刻んだ。全55篇から成る長編だが順次お手元に届けたい。         白丁花(清澄庭園にて)    「植木屋さん  あの花はなんという名前ですか?  ほらあの小さな白い花  紙ふぶきをまいたように見える花」  植木屋さんは  わざわざきゃたつを降りて  木の蔭にしゃがみこみました  「ああこりゃ白丁花ですよ」  こともなげにその名を教えてくれました  小さな花の白丁花  その日から  わたしの無口な友達が一人ふえました               64・5・18

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詩集 ロ号33番 永井和子 -23-

 詩人永井和子(1934~2015)年、彼女の処女詩集。身辺におきた細々とした出来事を詩に刻んだ。全55篇からなる長編だが順次お手元に届けたい。         友  達  新しくできた友達を  毎日夢中で追いかけている息子  ひたむきなその心は  やがて冷たくされ 背かれ  はてはあざむかれ  いくどもいくども血みどろに傷ついて  なくことだろう  そのときわたしは肩を抱いて  こういってやろう  おまえのかあさんもそうだったのよ と  そしてこんなに強くなったのよ と              64・5・13

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詩集 ロ号33番 永井和子 -22-

詩人永井和子(1934~2015)年、彼女の処女詩集。身辺におきた細々とした出来事を詩に刻んだ。前55篇からなる長編だが順次お手元に届けたい。             初めてのプレゼント       初めてもらった母の日のプレゼント  赤い造花のカーネーション  どこかのお菓子屋のおばさんが  ”お母さんのお花よ”  とでもいってくれたのだろうか  ”ママにおみやげよ”という  母の日という言葉もまだ知らない  小さな息子からの  初めてのプレゼント                64・5・11                   

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詩集 ロ号33番 永井和子 -21-

 詩人永井和子(1934~2015)年、彼女の処女詩集。身辺に起きた細々とした出来事を詩に刻んだ。全55編からなる長編だが順次お手元に届けたい。   椿  植木鉢の小さな椿が  今年も少し背のびをした  せいいっぱい両手をひろげた  萌えでた新芽は  五月の光のような碧いろ  風が笑っていた            64・5・9            たそがれの空に     あおむいて見あげたあたりから  地平線へむかって  少しずつ・・・・・・目立たないぐらい少しずつ  色を変えていく空がある  そして地平線は光のまじった灰色  そこにはもう梅雨がきている  風は  萌えひろがった若葉の匂いでいっぱいなのに  昔 書いたお伽話   梅雨晴れの   空の青さにこがれた娘が   ある日   空の青みに身を投げた・・・・・・  その梅雨晴れの美しい季節が  またかえってくる  娘はもういないのに・・・・・・             64・5・9>

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詩集 ロ号33番 永井和子 -20-

詩人 永井和子(1934~2015)年、彼女の処女詩集。日常の暮らしの中で起きた様々な出来事を、主婦の目でつづった詩集。前55篇からなる長編だが順次お手元にお届けしたい。      我が家の笑い   ふとんからとびだし  おへそをだして  みごとな寝相の子供たちをみて  天下泰平だな と  夫は笑う  なげだされた小さな桃色の手に  わが家の平和がある  ふとんのはじからのぞいている  汚れたひざこぞうに  わが家の笑いがある               64・5・1

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詩集 ロ号33番 永井和子 -19-

 詩人 永井和(1934~2015)年 彼女の処女詩集。日常の暮らしの中で起きた様々な出来事を、主婦の目でつづった詩集。全55篇からなる長編だが順次お手元にお届けしたい。     わたしの一日と一年    朝 六時半に起きる  八時 夫に弁当を持たせて送りだす  それから天気の良い日には洗濯をする  昼から買い物にいく  雨の日には本を読み  縫い物などをする  春になるとせっせと流しをみがく  夏の暑いさかりには一日荒いものをする  夕方子供を行水にいれる  秋の夜は  熱いお茶をのみながら  ファツションブックをひらいてみる  冬は寒いーー  わたしはただこたつにちじこまって  一日 編み物をしている  ときどき ぽかあんとあいた時間には  新しい詩(うた)などもうたってみる         64・4・4  

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詩集 ロ号33番 永井和子 -18-

 詩人 永井和子(1934~2015)年 彼女の処女詩集。日常の暮らしの中で起きた様々な出来事を、主婦の目でつづった詩集。前55篇からなる長編だが順次お手元にお届けしたい。       幸せな瞬間     わたしの小さな息子は  土をけってとびあがる  春の陽光のなかに  泥に汚れた手が  空をうつ 風をうつ  陽光のなかにはじけた笑い声が    あさみどりの草の芽に染つて  空へとんでいく  その空のなかへ  わたしの小さな息子は  土をけってとびあがる  みちたりた一瞬のきらめきのように                64・4・2 【追記】詩集 ロ号33番 <あとがき>

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詩集 ロ号33番 永井和子 -17-

 詩人 永井和子(1934~2015)年 彼女の処女詩集。日常の暮らしの中で起きた様々な出来事を、主婦の目線でつづった詩集。全55篇からなる長編だが順次お手元にお届けしたい。       あ み 針    わたしの手のなかには  いつもあみ針がある  こぼれ落ちていく時間をあみとめようと  一つのあみ目から次のあみ目へ  いつも忙しく動いているあみ針がある  手を休めるのが怖い  ふっとむなしい時間のなかで  自分の心をのぞくのが怖い  あみ針の目からこぼれていった  日々をふりかえるのが怖い  だから今日も  わたしの手のなかにはあみ針がある  ただ忙しく動いているあみ針がある               64・3・31 

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詩集 ロ号33番 永井和子 -16-

 詩人永井和子(1934~2015)年 彼女の処女詩集。日常の暮らしの中で起きた様々な出来事を、主婦の目線でつづった詩集。全55篇からなる長編だが順次お手元にお届けしたい。       清洲橋は今日も   はればれと頭をそらせて  清洲橋は今日も空をみあげている  まるい青いのどに  無限のふかみをのみこもうと  空にむかって胸をはる  南の風が強い日  清洲橋は両腕を大きくふりながら  走っていく風をつかまえようとする  でも ひぐれ 風がないで  すみれ色の夜が静かに降りてくると  清洲橋はうなだれて  濁った隅田川の水をみつめる  みどり色の橋灯が  淋しいその心のようにともる  それでも清洲橋は  その頭をしっかりと空にふりかざしている    【注】橋は自宅から歩いて、10分ほどのところにある。散歩コースだった。

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詩集 ロ号33番 永井和子 -15-

 詩人 永井和子(1934~2015)年 彼女の処女詩集。周辺に起きた細々とした出来事を詩にうたいあげてつうった。前55篇からなる長編だが、順次お手元に届けたい。  バスケット  小さなバスケットが二つ  空色と赤と  子供たちは眼を輝やかせて  わたしの手もとをみつめている  この中にお弁当やお菓子をいれて  遊びにいこうね  そんなわたしの言葉を半分もきかず  四つの足がおどりだす  少し軽くなった財布をしまいながら  わたしも笑ってしまう  空色と赤と  かわいい二つのバスケット  帰りには春をいっぱいつめてこよう             64・3・19

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詩集 ロ号33番 永井和子 -14-

 詩人 永井和子(1934~2015)年、彼女の処女詩集。周辺に起きた細々とした出来事を詩にうたいあげてつづった。全55篇からなる長編だが、順次お手元に届けたい。       ひぐれの清洲橋   空の青さが少しじつうすれていく頃  清洲橋に灯がともる  通りかかったバスの中で  一人の少年がふと呟やいた  ”きれいだね”と  その小さな呟やきは誰にも気づかれず  走りすぎるバスの窓からこぼれ落ち  川風に吹かれてどこかへ消えていった  朝になれば消えてしまう  清洲橋の灯のように              64・3・16 【注】イラストは吉村勲二さんが描いたものです。

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詩集 ロ号33番 永井和子 -13-

 詩人 永井和子(1934~2015)年。彼女の処女詩集。身辺に起きた細々とした出来事を詩に刻んだ。全56篇からなる長編詩だが、順次お手元に届けたい。       石(清澄庭園にて) 芝生の上に のびのび寝そべっている石がある 陰気に 自分の足もとをみつめている石がある 春の陽だまりを 楽しんでいる石がある 背中に水鳥をのせて くすぐったがっている石がある なにかに腹をたてている石がある 黙って行儀よく並んでいる石がある つんと澄まして空を見ている石がある 一人でゲラゲラ笑っている石がある いろんな顔をした いろんな石がある             64・3・16

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詩集 ロ号33番 永井和子 -12-

 詩人 永井和子(1934~2015)年、彼女の処女詩集。身辺に起きた細々とした出来事を詩にうたいあげてつづった。全55編からなる長編だが、順次お手元に届けたい。     岡田の伯父 岡田の伯父は 結婚してすぐ台湾へ渡った。 総督府で五年 佐藤きびばかり育てていた 引揚げて帰った郷里の中学で 生物の教師になった 釣りのえさのみみずを自分で飼った 小さなわたしがひっきりなしに 持ちこむ「?」に 大きな辞典をくりながら いやな顔もせず答えてくれた その伯父の家から今日電報がきた 「チチシス」と 追いかけるように届いた手紙には 亡くなる前の夜まで 生徒の答案を見ていた と 書いてあった           64・3・8

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詩集 ロ号33番 永井和子 -10-

 詩人 永井和子(1934~2015)年 彼女の処女詩集。身辺に起きた細々とした出来事を詩にうたいあげてつづった。全55編からなる長編だが、順次手元に届けたい。      春は土の中から    太陽がゆっくり西の方へ歩いている  すこしずつ冷たくなりはじめたひざしを  裸木の梢が残り惜しげにうけとめている  こぼれ陽を拾い集めるように  ボールにたわむれている子供たち  柾木の新芽はまだ眠っているけれど  春は 土の中から  ほら もう匂いたっている                         64・2・3 

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詩集 ロ号33番 永井和子 -9-

 詩人 永井和子(1934~2015)年、彼女の処女詩集。身辺に起きた細々とした出来事を詩にうたいあげてつづった。全55編からなる長編だが、順次手元に届けたい。 ■た こ  秋の日がいっぱいの屋上で  男の子たちが凧をあげている  いちめん  巻毛のよな雲に包まれた空に  真赤な凧がのぼっていく  ゆらゆら頭をふりながら  胸を張るようにしてのぼっていく  おうい凧よ  どんなにかいい気持ちだろう  わたしもおまえのように  空へのぼっていきたいよ         63・9・18

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詩集 ロ号33番 永井和子 -8-

 詩人 永井和子(1934~2015)年、彼女の処女詩集。身辺に起きた細々とした出来事を詩にうたいあげてつづった。全55篇からなる長編だが、順次手元に届けたい。 ■夜のベッドで  わずかな残り布を裁ち合わせ つづくり合わせて  小さな娘の小さなブラウスが  一枚できた  子供たちが寝入ってからの  ほんのわずかの時間に  音をしのんでかけたミシン  ただそれだけの仕事に  なにかみちたりた思いで眠るわたしを  かなしいと思う  ・・・・・・・・・よ  おまえはただ 母 それだけであってよいのか  美しい母 優しい母と  呼ばれることにためらいを感じるわたしは  いかに生きるかを苦悩する  一人の女でもあるのだ  子供たちよ  いつかはこの母を理解してくれるだろうか   一人の女として 一人の人間として  おまえたちの眠りを妨げまいと  灯りもないベッドの中で  指先のなれだけをたよりに  たどたどしい詩を書きつづけるわたしを                                   63・9・10

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詩集 ロ号33番 永井和子 -7-

 詩人 永井和子(1934~2015)年、彼女の処女詩集。身辺に起きた細々とした出来事を詩にうたいあげてつづった。全55篇からなる長編だが、順次お手元に届けたい。 ■ひとりの時間     うす汚れた空と  うす汚れた街の間を  ひらめきに似て走りすぎる風邪のように  ときおり  わたしの耳たぶをくすぐるひとりの時間がある  惜しみ惜しみ掌の上にのせて  こっそり味うような ひとりの時間がある  しかしその時間はあまりにもわずかで  嬉しい吐息の間にすぎてしまう・・・・・・  だからわたしは  せいいっぱい肺をからっぽにして  白い壁をみつめるだけ  じんと痺れる指をにぎりしめながら・・・・・・  63・5・30

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詩集 ロ号33番 永井和子 -3-

 詩人永井和子(1934~2015)年。彼女の処女詩集。身辺に起きた細々とした出来事を詩に拾い上げてつづった。全55篇からなる長編だが、順次お手元に届けたい。 ■一つの言葉を   一つも言葉を表から見 裏から見  あるいはまた右から眺め 左から眺め  あらゆる場合のあらゆる反応を試みあってから  さて了解し  握手しあったわたしたちであったが  今は  一つの言葉に疑問をさしはさむ  時間さえなくなったのか  61・6・2 ■ひばりは   ひばりは  きまぐれに歌っているのではない  ひばりは  あそびごとに歌っているのではない  せいいっぱいの生命の喜びが  そのさえずりにこめられているのだ  しかしわたしには  わたしの生命の燃焼を叩きつける  力もないのか  61・6・13

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詩集 ロ号33番 永井和子 -2-

 詩人永井和子(1934~2015)年。彼女の処女詩集。身辺に起きた細々とした出来事を詩に拾い上げてつづった。全55篇からなる長編だが順次お手元に届けたい。 ■疑 問   わたしの胸の内には  厳しく耐えぬいてきたものはないのか  いつもいつも海綿のように  甘い感傷ばかりを吸ってきた胸には  二十七才の夏を迎えようとしている今となって  生きることの意味を  みたび問いたださねばならないとは  炎のようにつらぬいたと  自ら誇った青春だったが  無意味な年令を重ねてきたにすぎなかったのか  この手がなにをうみだしたか  この涙がなにをうみだしたか  誰がその成果をあかしてくれる?  わたしでさえ  わたしでさえ 疑わしいものを?  61・6・1

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